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毎日の生活の中で見たこと、聞いたこと、感じたこと、思いついたこと等々書き留めています (コメント大歓迎デス・・・・・)
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    もう、今の時季になると木々の葉っぱは地面に落ちて虫たちの良い休息場所になっているのかな?



    11月25日に光台遊歩道の紅葉だよりいただいて、次週日曜日(12月2日)のグラウンドゴルフの練習後に光台遊歩道から精華大通り歩いてきました。


    黄・紅・緑のグラデーションが見事・・・




    スマホで、カシャカシャカシャ、撮りまくり・・・
     

     


    ドウダンツツジ

      

    少しだけ散り残りの真っ赤な葉っぱの木は?実も付いてます。

    モミジバフウ(別名:アメリカフウ)

    ホトトギス
     

    民家の庭に皇帝ダリア

    このお花はホンマに青空がよう似合いますなぁ
    精華大通りに出るとメタセコイアがキレイ・・・


    精華大通りのメタセコイア=こちら

    ここで、コーナン辺りまで歩いてUターン、東光小学校へ。
    愛車がお待ちかね・・・


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  • 12/15/18--22:17: いわさきちひろ
  • いわさきちひろ:画家で絵本作家
    1918年(大正7年)12月15日福井県越前市生まれ 今年生誕100年 
    いわさきちひろの絵は、とってもやわらくて、決して主張するタッチや無いねんけど、どっか印象に残る作風・・・子供たちを描いた水彩画、ホンマに癒されます。そんなとこがダイスキなわんちゃんです。
    東京と安曇野に「いわさきちひろ美術館」があります。

    わんちゃんの周りにも、いわさきちひろファン多いです、色とりどりでお母さんの優しさっというのがイメージされるホンマにそんな絵。
    わんちゃん的には東京か長野ッとばっかり思ってました、福井県出身やったんや。
    お父さまは陸軍築城部建築技師、お母さまは女学校の教師。彼女には二人の妹が居ます。
    一家はその後東京に引っ越しますが、ちひろが見当たらない時は地面に描かれた絵をたどっていくと必ず見つかったと言われていました(小さいころから絵がダイスキやったんやなぁ)
    小学校入学前に児童雑誌「こどものくに」に描かれた大きな満月と月見草を見て「いつか自分もこんな絵を描きたい」っと、思ったそうです。(自分の未来を予言していそうなカンジ)
    しかし、現実はそう甘くはなかったみたい・・・
    女学校時代はスキーや登山も楽しみ14歳で洋画家・岡田三郎助の画塾に通い本格的に絵を学び始め、17歳になると洋画展で入選するようになり、当然女学校を卒業後は画家になりっと自分では思っていたそうです。しかし当時は女性の幸せとは結婚することでした。なので、三姉妹の長女であるちひろは養子をとって家を継がなければならない・・・
    結局、二十歳の時婿養子を迎え結婚、夫の赴任先である大連へ赴きました、ところがこの結婚はわずか2年で・・・離婚? いえいえ、夫が自殺。
    何があったんでしょう?夫婦間のことはうかがい知ることはできないけど、ただ、ちひろは「夫のことは愛することができず、そばに寄ってきても鳥肌が立つ」っと妹たちには話していたそう。
    なんか辛いハナシやなぁ・・・そやかて、パートナーを亡くすっちゅうんは寂しかったやろなぁ、ショッキングなこと。
    1941年22歳のちひろは夫の遺骨を抱いて一人帰国します。時代が戦争へと進む中、彼女は書道教師として再び中国へ渡ります、しかし戦局が悪化し帰国。1945年5月東京で空襲に遭い、家も大切にしていた絵本も描き溜めた絵も、そして可愛がっていた猫も一瞬にして失ってしまいます。
    8月疎開先の松本で終戦を迎えました。
    終戦後東京に戻ったちひろは、日本共産党宣伝部芸術学校に入ります。
    1947年28歳で『紙芝居・おかあさんのはなし』を描き画家として生きていくことを誓います。
    同じころ彼女は一人の男性と出会います。
    7歳年下の松本善明「僕は世の中で一番苦しい人たちと一緒に歩いて行こうと決めたんです」と言う言葉に心を打たれ結婚。司法試験合格を目指す夫を経済的に支えました。
    さらに1951年には長男も誕生。家事と育児だけやなく、一家を支える大黒柱でもあるちひろの負担は相当なモンやった。結局生後間もない長男を長野県に暮らす両親に預けています。それでも時間を見つけて長野に通い愛する我が子との時間を過ごしたちひろは10ケ月と1歳の赤ん坊をモデル無しでも描き分けることができたそう⇒わずかな成長も見逃さない、それだけ子供の成長した姿を脳裏に焼き付けていた。
    子供と過ごす時間は「長さ」ではなく「密度」かもしれない(ホンマやわ)
    やっと、夫・善明は司法試験に合格し1952年夫婦は東京上石神井(かみしゃくじい)に居を構える。
    この場所が現在の『ちひろ美術館・東京』⇒こちら

    弁護士になった夫は1967年に衆議院議員に、ちひろは絵本作家として忙しい毎日を過ごしていた。
    そんな時、ベトナム戦争が勃発します。戦争で亡くなっていく子供たちに心を痛めたちひろは1972年『戦火のなかの子どもたち』の制作をスタートしますが、彼女自身が病に倒れてしまいます(心身ともにムリがたたったんやなぁ)
    それでも、絵筆を持ち1973年絵本を出版。



    翌1974年55歳の若さでこの世を去っています。
    『戦火のなかの子どもたち』におさめられている「ほむらの中の母と子」は彼女が描いた作品の中でも唯一と言われる怖い顔をした母親が描かれている。



    『戦火のなかの子どもたち』きっと自身の戦争体験が大きく影響しているのでしょう。
    戦争への怒り、平和への願いがこもった一冊、わんちゃんの手元にあります、ぜひぜひ皆さんにも読んで欲しいと思います。
    ここで、わんちゃん的には『ちひろ美術館』に行ってみたく考えてます。
    ♪は~る~まだ浅い~ 信濃路へ~~♪
    ⇒こちら

    なので、行くなら『ちひろ美術館・長野』でしょうか・・・それも春に。
    ちなみに♪8時ちょうどの あずさ2号で♪は現存しません。

    黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』挿絵はちひろさん

    部屋の本棚に並んでます。



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    冬が来る前に:紙ふうせん


    恋人よ:五輪真弓


    津軽のふるさと:松原健之


    津軽恋女:新沼謙治


    冬の色:山口百恵


    雪の華:中島美嘉


    雪化粧:テレサ・テン


    冬の歌:kiroro


    雪が降る:アダモ


    雪の朝:グレープ


    ゆきやこんこ:童謡


    冬の夜:文部省唱歌


    冬景色:唱歌


    冬の星座:白鳥英美子 ⇒こちら

    冬の歌、集めてみました、今の時季になると必ずカラオケで歌う歌もあります、中学生だったころコーラスした歌もあります。

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    11月の二人絵手紙会の日のことでした
    「11月のモチーフ、何が良い?かな?」
    「やっぱり年賀状でしょ?」
    「来年は亥年やね?」
    「そう、イノシシの置物とかあるよね、そやかてイノシシって・・・」
    それで、ちょっとかわいく描いてみましたのわんちゃんです



    「コレ、何に見える?」長男に聞いてみた
    「ブタにしか見えんなぁ、そやけど、年賀状のつもりなんやろ?大きく己亥(つちのとい)と赤文字で描いてはりますなぁ・・・」「う~~ん」

    「12年前のノシシが出てきたコレはアカンかなぁ」


    「ふ~~ん、コレはまさしくイノシシや、12年前に描いたん?で、年賀状に使ったんか?それやなかったら、こっちの方が断然エエで」
    「12年前に使ってる、黙って内緒にして使おか?やっぱりアカンかなぁ」
    「12年前にもろた人たち、歳とってはるやろし、覚えてはらへんと思うよ、断然そっちの方が迫力あるなぁ、そやけど、コレも捨てがたいなぁ、どや、キバを描き加えたら?」


    っと、出来上がったのがこちら。
    それと、年内に喪中はがきいただいた方たちに年明けに寒中見舞いポストインしよう。
    毎年恒例、わんちゃん手作り吊るし柿もモチーフに

    絵手紙二人会の相棒Hさんの作品も・・・

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    ≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫
    シルバー健康ウォーキング(SKW)

    JR京都駅前バス停JR3乗り場から高雄・京北行き乗車 槙ノ尾バス停下車
    西明寺こちら拝観から
    槙尾(まきお)山と号し、真言宗大覚寺派の準別格本山である弘法大。師の弟子智泉が開基し、鎌倉時代建治年中(1275~1277)和泉国槙尾山の自証上人が中興した。その後衰微し現在の堂舎は元禄12年(1699)徳川五代将軍綱吉の生母桂昌院と伝える清涼式釈迦像である。この地を槙尾といい、上流の栂尾、下流の高雄とあわせ世に三尾(さんび)と称し、いづれも紅葉の名所として知られる。右京区梅ヶ畑槇尾町




    見事に苔むした灯篭

    鐘楼

    ユズリハの木

    苔の上に散ったもみじ

    境内の真ん中に植えられているご神木の”高野槙(こうやまき)“です。



    樹齢は700年以上で、日本最古の高野槙の木と言われています。
    西明寺から神護寺へは歩いてすぐのところ。







    神護寺で思い出すのはこちら
    こんなこと思い出しながら清滝橋の方へ歩き清滝川沿いの休憩所でお弁当タイム。
    清滝バス停からバスに乗って??じゃなくって、



    散り残りのもみじ

    「わんちゃん、ほら上を見てごらん!!」







    町並み保存館

    化野念仏寺まで歩き、またそこから釈迦堂清凉寺へ歩き、

    ↑ 釈迦堂清凉寺

    ここで解散、歩いてJR嵯峨嵐山駅まで⇒JR京都駅⇒近鉄線
    化野念仏寺からのコースはこの秋の紅葉狩りのコースと一部分かぶってましたこちら
    釈迦堂清凉寺の山門を出てすぐ左の森嘉(もりか)こちらに立ち寄って飛竜頭(ひろうず)をお土産に買いました。お豆腐を買われた方も結構おられました。ここは新幹線で買いに来られる、お得意先には京都駅まで配達っと聞いたことがあります。

    ちなみに三尾(さんび)の名刹とは⇒いずれも紅葉で超有名
    槇尾(まきのお):槇尾山西明寺
    高雄:高雄山神護寺、
    栂尾(とがのお):栂尾山高山寺 こちら

    わんちゃん的には、大晦日と言うのに「忙中閑あり」の環境下です。
    諸般の事情が重なり、健康ウォーキングや植物観察会の記事が遅れてしまいました。
    ちょこっと、旬を過ぎた感がありますが、アップしていきたいと始めてます。
    「ぼちぼち行こか・・・」なので、知らんまにお正月になってしまうかも・・・



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    「初日の出ウォークは重ちゃんが仕切ってる、参加不参加知らしてあげてな」っとCHIKAちゃんから・・・
    「重ちゃん、初日の出ウォーク参加します、今年の日記帳によると6:00馬渕出発とあります、おんなじですか?」
    「わんちゃん、こんばんは、初日の出ウォーク参加ありがとう、馬渕出発時間が5:30になりました、車は私の家に停めてもらって良いですよ」
    「ありがとー、じゃ、5:15に重ちゃんちに行くことにします、ヨロシクです」
    4時起床、重ちゃんとこで由美ちゃんと待ち合わせ3人で馬渕まで歩きます。
    堤防に上がるとライトがチラチラ、顔ぶれは7人
    歩き始めは真っ暗、転ばないように慎重に歩くわんちゃんです。自転車道をおしゃべりしながら歩きます。泉大橋の側道を渡りきると、そろそろうっすらと明るくなってきました。





    河川敷の中にトイレが見えました「ここのトイレはキレイよ今のうちに行っといたら」っと重ちゃんのアドバイス、土手を直線に下りようとするわんちゃん「わんちゃん気ぃつけや斜めに下りないと滑るでぇ草に霜が付いてて滑りやすくなってるよ~~」ユックリ踏みしめ下りかけたらシリモチついてしまった、あらあらそのまんま下までズルズルズル~~
    用を済ませて初日の出に間に合うようにみんなのところに必死で堤防へ上がった。
    友だちに初日の出撮りおろしを送ろうとしたら、あらあらスマホがない、わんちゃん大慌て・・・
    みんな手分けして探してくれた「わんちゃんのスマホに電話しよう」どっかで鳴ってそう。
    土手の真ん中あたりに転がってた『良かった!!見つけてくれた由美ちゃんおおきに』
    ズボンの後ろポケットに入れてたのが転がり出たらしい。

    早速、初日の出撮りおろしを友達に

    7:12
    「気持ちいい初日の出やったんやね、頑張って歩いたのね」

    それからは開橋に向かって木津川右岸堤防をひたすら歩く。

    途中ローソンで一服、ホットコーヒーが美味しかった。
    「ここで、祝園神社に初もうでとします」っとCHIKAちゃん







    みんなで初もうでの後、西北区から中区の住宅街を通り馬渕区への分岐点で解散。
    歩数計は18366カウントしてました。
    さっ!今年もウォーク頑張るぞ・・・

    【おまけ】
    泉大橋を渡って堤防を200mくらいのとこに

    西へ京都街道 玉水二里 長池三里 新田四里


    南へ挑川(木津川の意味) 木津町五丁 奈良一里


    東へ笠置 伊賀上野 瓶ケ原 恭仁大極殿 加茂ステンショ


    もう一つの面には 昭和四年 三宅安兵衛

    このコースを土・日にはジョギングしてたと重ちゃんが言うてはった。



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    いつもの年なら元日に、わんちゃんの両親、弟が眠るお墓にお参りなんやけど、今年は元旦に初日の出ウォ-クに参加したのでこちらお墓参りは二日に変更。


    手前右:墓苑 その向こう:弟が住まいした一角 
    海の向こうに:関空と、もっと向こうに明石海峡大橋

    お墓参りを済ませて、さて★★★★
    「右にする?左にする?」っと考えるマもなく、左折。
    「えっ?和歌山行くん?」
    「そやねん、去年パンダ生まれたやろ?公開してるから観に行きたいねん」っと息子たち。
    ところが高速に入って「やっぱり、正月二日は混むんやなぁ、こんなに混むとは想定外やぁ。」っと運転する長男が何度も言う。
    反対車線の大阪方面行きも混んでる。
    「ウチを出るのをもっと早よしなアカンかったなぁ」と、またぼやく。
    「そんなんやったらもうエエでパンダの赤ちゃん諦めよ」っとわんちゃん提案。
    それでも諦め切れないのかアドベンチャーワールドへの道、ガマンしいしいハンドル握る長男

    チケット売り場に並ぶ。「


    あ~ぁ赤ちゃんパンダ公開は3時までやわ~~」
    「今の時間(15:30過ぎ)でしたら17:00以降エリアを限定してスペシャルイベント『ウィンターナイト』を開催いたしてます。ウィンターナイトチケットは16:30からパークに入場いただけます。お車でお越しですか?ウィンターナイトチケットには駐車場料金が無料になる特典があります」「赤ちゃんパンダは観れないのですか?」「赤ちゃんパンダの公開は17:00~です」
    「車はもう駐車場に置いてますけど」「じゃ、駐車場料金、返金させていただきます」
    じゃぁ、赤ちゃんパンダ「彩浜」に会うてイルカのショーを見に行こか・・・・という段取りで。
    手続き済ませて園内でパンダ舎の方へ一昨年生まれの「結浜(ゆいひん)」がもうこんなに大きくなっててビックリ・・・


    結浜に会いに行ってるこちら
    でもカワイイい。
    赤ちゃんパンダが居てる「ブリーディングセンター」へと。




    彩り豊かな自然あふれる和歌山・白浜に生まれたこと。わずか75グラムという小さな体で母親の愛情を受け、懸命に生きる姿が人々に勇気と希望をもたらしたこと。これからも何気ない日常に彩りを与え、明るく前向きになれるような未来のSmile(しあわせ)を創る存在になってほしいという願いが込められているそうです。
    お父さんの「永明」の公開は16:00迄、

    お母さんの「良浜(らうひん)


    隣の部屋に「彩浜」が居る「寝てるわ」
    もうもう可愛くって可愛くって観て撮って、もう一度最後尾に並ぶ。
    「彩浜が起きてるときは笹を食べてるときで後は寝てます」のスタッフさんの案内通り、寝てる。


    スタッフさんが抱きかかえて中央に連れてきはっても、寝てる、


    夢でも見てるのかなぁ、もごもごっと動く、もう何回も最後尾に並ぶ。


    彩浜:2018年8月14日生まれ

    「パンダに会いたいなら上野じゃなくて白浜へ行くべし。赤ちゃんパンダはシャンシャンだけじゃないよ」ッと言うウチの息子たち。
    後ろ髪惹かれながら「マリンライブでイルカショウー」に向かった。

    ちょっとの時間待ちに白浜温泉源泉という「足湯」を体験、


    分厚く長いビニールソックスに足突っ込んでお湯に浸ける、
    これまたキモチイイ、冷えた身体も足先からポカポカに!
    ほっこりあったまった。
    マリンライブに急ごう。

    「マリンライブ:イルカショウ」

    凄かった、あぁ~~凄かった。

    「スゴイ渋滞をガマンして、ここへきて良かった」
    「身体冷え切ってる、白浜は温泉町や温泉に入らんと言うては無いやろ?」っと、「長生の湯」こちら

    駐車場の片隅に構えてるラーメン屋さんを見逃さなかった。






    お風呂から出て、すぐそばの「中華そば めん吉」でまた身体ほこほこ。
    「帰りしな、眠たなったら仮眠しような」っと紀ノ川SAで仮眠、なんと3人とも爆睡1時間も。
    家に帰ると午前2時を過ぎてた。往復450kmご苦労さまでした。






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  • 01/07/19--07:00: 2019年 カレンダー

  • カレンダー・2019
    SEE THE WORLD BY TRAIN 世界の車窓から
    1月(スイス)


    ニーセン山(標高2362m)をバックにベルナー・オーバーランド地方を行くスイス国鉄「インターシティ」
    ニーセンは三角錐の独立峰で、スイスを代表する画家、ホドラーやクレーらが描いている。

    2月(イタリア)


    雪晴れの朝、イタリア南部カラブリア州の山岳地帯を走る「トレノ・デラ・シーラ」。
    小柄ながら馬力のある蒸気機関車が走る保存鉄道で、週末を中心にモッコーネ~サン・ニコラ間、およそ10kmの山道を力走する。

    3月(マレーシア)


    白亜の駅舎に紫色のヤナギバルイラ草が花を添えるイポー駅。
    1917年に完成したムーア調コロニアル様式の建物はマレー鉄道屈指の美駅といわれる。
    首都クアラルンプールからはETS(高速電車)で約2時間30分。

    4月(スイス)


    菜の花咲く春爛漫の田園地帯を走るエメンタール鉄道。
    エメンタールは首都ベルンの東方に位置し、穴あきチーズの産地としても有名な酪農地帯。
    毎年4月から10月まで蒸気機関車が走る。
    エメンタールチーズこちら

    5月(ルクセンブルク)


    世界遺産の古い街並みと要塞跡を背後に石造りの高架橋を行くルクセンブルク国鉄「ダブルデッカー(2階建て車両)」
    同国のほとんどの列車は2階建てで、通勤時間帯も全員着席に寄与している。

    6月(ドイツ)


    ライン川の支流ラーン川沿いのローカル線を走るドイツ鉄道のディーゼルカー。
    沿線は自然美にあふれ、キャンプやカヌーを楽しむ人も多い。
    ディーゼルエンジンもディーゼルカーもドイツが発祥国。

    7月(スペイン)


    コスタ・ドラダの美しい海岸線を快走するスペイン国鉄RENFEの特急「ユーロメッド」
    コスタ・ドラダとはスペイン語で黄金海岸の意。
    地中海に臨むカタルーニャ地方きっての海浜リゾートである。

    8月(タイ)


    ブーゲンビリアも鮮やかなタイ南端のスンガイコロク駅にて発車を待つ首都バンコク行き急行列車。
    バンコクまでは1159km。急行列車といえども所要時間はおよそ20時間、車中一泊の長旅である。

    9月(フランス)


    ニースの中心に位置するマセナ広場を行く新型路面電車(ライト・レイル・トランジット)。
    同広場には路面電車に不可欠の架線や電柱はなく、バッテリーで走行。環境と美観にも配慮した最新ハイテク路面電車である。

    10月(アメリカ)


    黄葉に彩られた大地を行くアラスカ鉄道「デナリ・スター」。
    デナリとは先住民の言葉で「偉大なもの」を意味する北米大陸最高峰の名称(別名マッキンリー)である(標高6190m)。
    好天なら車窓よりデナリを仰ぐことができる。

    11月(イタリア)


    ミラノ中央駅で出発を待つジュネーブ行き国際特急「ユーロシティ」
    最新の振り子システムにより山岳区間もスピードを落とすことなく、アルプスを越えスイスの主要都市まで足を延ばす。

    12月(オランダ)


    クリスマスの装飾に彩られたモミの木の横を蒸気機関車が行く。
    オランダ南部のリンブルク州を走る「南リンブルク蒸気鉄道」。
    週末ともなれば蒸気機関車やレイルカーが何往復も運転される。


    テレビ朝日系で放送中
    こちら

    浄土宗月訓カレンダー:2019

    法然上人の和歌「月かげ」をモチーフとした作品です。

    光輝く月が、山や川や木々、村の隅々まで照らし出しています。その中に暮らしている人々や生き物たちの姿は見えませんが、きっと「明日は良い日になる、明日も頑張ろう、明日こそは」と言った希望を胸に抱いているはず。そんな、心の中の輝きが月の光と重なっている様を表現しています。
    作品にはさまざまに染めた布地、糸、ビーズなどを使用し、布を織りなす風合いであたたかさを感じられる、独自の世界を作り上げています。
    法然上人の和歌「月かげ」をモチーフとした作品です。
    光輝く月が、山や川や木々、村の隅々まで照らし出しています。その中に暮らしている人や生き物たちの姿は見えませんが、きっと「明日は良い日になる、明日も頑張ろう、明日こそは」といった希望を胸に抱いているはず。そんな、心の中の輝きが月の光と重なってる様を表現しています。
    作品にはさまざまに染めた布地、糸、ビーズなどを使用し、布の織りなす風合いであたたかさを感じられる、独自の世界を作り上げています。

    「月かげ」
    月かげの いたらぬさとは なけれども ながむる人の 心にぞすむ

    【意訳】月の光のように阿弥陀さまのお慈悲の光明も照らさないところはないけれども、月を眺める人、阿弥陀さまのお慈悲に気づこうとする人の心にこそ、その輝きはすみ渡るのです。
    作者:丹羽幸子こちら



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  • 01/12/19--00:56: 毎日ウォーキング
  • ≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫
    今年は元旦に歩数計はイキナリ18366歩をカウント
    こちら
    2日~6日までは大した歩数もなく「コレはアカンで」っと・・・
    スケジュール表を見ると7日は白紙、じゃ、徹底的にウォーキング頑張ろうっと。
    おにぎり、お茶、おやつをデイバッグに入れて、ウチから北へ田んぼや畑の中の農道をノンビリウォーキング・・・
    すると、足元にはもう可愛いお花たちが咲いてる、

    おやおやタンポポ?これはセイヨウタンポポやね。



    夏に田んぼの縁を真っ黄色にしてたヒレタゴボウ
    (アメリカミズキンバイ)

    2018-9-02

    種を飛ばした跡がある。


    堤防に上がって玉水橋を少し北へ船の休憩所でランチ、熱いお茶を用意して良かった、午前中はお日さま燦燦あったかかったのに、午後になると雲に隠れて風も出てきた、おみかんやジュースも持ってきたけど寒いので即バッグの中へ。

    この辺りには🚻がおまへん、農道を近鉄三山木駅に向かってウォーキング
    ノボロギク
     
    ホトケノザ
     

    ナズナ


    オランダミミナグサ


    オオイヌノフグリ


    アメリカフウロソウ

    ちっちゃい葉っぱ紅葉してる

    近鉄三山木駅に急ごう。
    ここの🚻は改札入ってホームに上がりっとの段取りやわ、アカンなぁ。近くにスーパーがある、そこは表側にあった。
    それからは下狛郵便局へ行きたかった、暮れに喪中はがきいただいた方たちに「寒中お見舞い」絵手紙したので出したいし、年賀状の書きつぶしや古い年賀状で試し刷りしたのんやら切手に交換したく思った、近鉄の線路とJRの線路の間の細い道をてくてく歩いた。
    郵便局の中は暖かかった、書き損じた年賀状が82円切手数枚と交換していただきました。郵便局からはむくのきセンターに行ってちょっと休憩したいと思った、精北小学校の横を通りむくのきセンターで🚻休憩.

    ユリノキ



    むくのきセンターのユリノキの花 こちら

    2階自販機の部屋は暖かいのでみかんを取り出してたら「あら、わんちゃん」っと声がかかった、10年前に勤めていた頃の同僚らしい、すっかり忘れてしまってる、いろいろ話してて「あっ!思いだした」最近の会話ってわんちゃん的にはいつもこんなカンジ。むくのきセンターを出て堤防に上がりウチに帰ると歩数計は19383歩カウントしてた。
    わんちゃん的には割と熱心にウォーキング実行している。
    と、いうのはこういうこともあるから
    こちら

    梅の初だよりいただきました

    水景園で真っ先に咲く梅の木2019-1-09



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    ♪ロマンスの神様:広瀬香美

    ALPENのCMに起用され175万枚のセールスを記録した大ヒット曲。
    冬の定番曲として長く愛され続ける広瀬香美の代表曲です

    ♪ヘロン:山下達郎

    ご本人のコメントこちら

    ♪BLIZZARD:ユーミン

    新幹線のCMで使われた

    ♪私をスキーに連れてって:ユーミン

    そうだ!!この映画を思いだそうこちら

    ♪白い恋人達:桑田佳祐

    白い雪が舞うなかでピアノを弾きながら歌う桑田佳祐、実際には奥様の原由子が弾いている。

    ♪白い恋人たち:フランシス・レイ

    フランスのグルノーブルで開催された,第10回オリンピック冬季競技大会。
    1968年2月6日から 18日まで行なわれ,37ヵ国から 1100人以上の選手が集まった。
    ドイツは初めてドイツ連邦共和国(西ドイツ)とドイツ民主共和国(東ドイツ)が別々のチームとして参加した。
    日本からは男子 53人,女子 9人の選手団が 4競技に参加した。

    わんちゃん的にはスキーの経験零
    わんちゃんのお父さんの知人のお嬢さんがお若いころにスキーでお顔にケガをされて傷跡が残り・・・
    わんちゃんがまだまだちっちゃな子供だった頃のことだったんですが大人になってからもスキーには行かしてもらえませんでした。