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毎日の生活の中で見たこと、聞いたこと、感じたこと、思いついたこと等々書き留めています (コメント大歓迎デス・・・・・)
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     毎月第一日曜日朝日新聞朝刊にはKIZU WALKERが折り込みに入ってます⇒ASA探検隊(好奇心旺盛なスタッフがめぐります)
    友人に「明日ね、ウォーキングするつもり、たった今、決めたんだけど、朝日新聞に佐保川桜並木を歩く:ASA探検隊っと、KIZU WALKERが入ってるんよ、ここはいきいき健康ウォーキングで体験済みだけど、もういっぺん行ってみようと思う」「そうそう、今日の折り込みにあったね、佐保川の桜、行くなら早い方が良いよ。」
    佐保川桜並木は 昨年と一昨年 と歩いてますが、やっぱりね、桜の時季でしょ、もういっぺん歩いてみようと・・・

    最寄りの駅JR下狛からJR奈良駅へ




    昭和9年(1934)から平成15年(2013)まで使われたJR旧奈良駅舎は東口にあり奈良市総合観光案内所として奈良観光を楽しむ人を迎え入れています。寺院建築と洋風のデザインが融合した古都奈良を強くイメージされたこの建物は、一部解体の危機を迎えますが、地元住民の熱意で曳き家工法で移築保存されています。

    わんちゃんが目指すのは「樹齢170年の川路桜」
    KIZU WALKERのウォーキング・レポートには歩く前に、地元で人気の精肉屋さん(駅より100m日曜定休)の揚げたてコロッケ(1個90円)を・・・っと載ってます。



    ここのコロッケは冷めても美味しい、わんちゃんち御用達のコロッケです、お弁当用と、ウチへのお土産用にとリュックに詰めて・・・
    JRは高架になってます、側道を佐保川まで、そこで小さな橋を渡り佐保川右岸を東に向かって歩くと、わんちゃんが木津から乗ってきたJRの踏切に遭遇

    「そうや、鉄橋を渡る電車もエエもんやで」ッと独り言。





    この電車は、たぶん大和路快速加茂行き
    アラアラ踏切を渡ってすぐのところに目指す「樹齢170年の川路桜」がド~~ンと。




    奈良奉行所(現・奈良女子大学)の役人だった川路聖謨(かわじとしあきら)が景観を考えて植えたといわれる桜の木で、地元、川路桜保存会の皆さんが大切にされているのが、老木となった太い幹の養生から伝わってきます。今も保存会では新しい桜の苗木の植栽や夏場の潅水、清掃などをされており、「桜見物に訪れる皆さんに喜んで頂けるのが何より嬉しいですね」と保存会会長の田中正信さんの相好がくずれます。⇒KIZU WALKERより抜粋 

    川路桜を撮ったり、桜の中の鉄橋を走り抜ける電車を撮ったり「エエ被写体やなぁ、申し分なしや」と独り言









    花筏





    もう少し歩くと、旧大仏鉄道の大仏駅跡があり、ここの枝垂れ桜も、見ごたえありです。




    そこから北へ興福院(こんぶいん)へ、ここは浄土宗の尼寺、拝観には事前予約が必要なんで、参道でちょっと休憩。




    興福院(こんぶいん)
    奈良時代に創建されたとされる、浄土宗知恩院派の尼寺「興福院」。元々は僧院として隆盛したそうですが、その後は衰退し、現在の場所に尼寺として再興されたそうです。由緒正しい尼寺だけあって、ご本尊の木造阿弥陀如来三尊像をはじめ国指定の重要文化財が多数あります。
    一歩門を入ると、別世界のような空気と静けさで、街の喧騒も日ごろの疲れも忘れさせてくれるよう。小堀遠州が作庭したといわれる優美な客殿の書院庭園も重要文化財に指定されています。春日山や三笠山を借景した庭園の美しいお寺です。特に椿やさつきが咲く4~5月がおすすめ。

    門前の石碑に目が・・


    大門脇の「不可酒肉五辛入寺門」の石碑の意味は、酒を飲んだり、肉を食べたり、香辛料を使った食事をした方は、このお寺に入れないようです。 特に「五辛」とは、大蒜(にんにく)・葱(ねぎ)・韮(にら)・浅葱(あさつき)・辣韮(らっきょう)など辛み・臭みのあるもので、これらも色欲や怒りなどが起こるもとだからだそうです。
    興福院を出て、北の方へは、ゆるい上り坂ですがゆっくり歩いて鴻ノ池運動公園の方へ、
    ここでお弁当したことがありました「うわ~~桜がいっぱいやなぁ、ぜひぜひ満開のころ来てみたいなぁ」っと思ったんです「来れて良かったぁ」っと独り言。
    陽だまりの中で桜の木の下で頬張るおにぎりの美味しかったこと、それにJR奈良駅前で買うたコロッケ「最高やなぁ・・・」と、独り言。





    お弁当タイム後は転害門へと向かいました。









    東大寺の境内で出会ったカワイイ・モノたち
    タチツボスミレかな?


    キランソウ(シソ科)


    名の由来は、草むらに密生して咲く様子を「金襴(きらん)」という織物にみたてたという。
    キランソウには「ジゴクノカマノフタ」という別名があります、一見不思議な名前ですが、語源は定かではありませんが、一説では、春の彼岸の地獄の釜が開く頃に花が咲くからという説と、茎葉が地面を這って密におおい、地面に蓋をしているように見えるからだという説があります
    漢方薬⇒キランソウの生薬名は、筋骨草(きんこつそう)
    開花期の4月ごろ、全草を採取し、水洗いした後、日干しにしてよく乾燥させます。
    鎮咳、去淡、解熱、健胃、下痢止めに、1日量10~15グラムに水0.5リットルを加えて、煎じながら約3分の1まで煮詰めて、こしたものを、1日3回に分けて服用します。
    山野を歩いている時などに、虫にさされた場合には、茎葉をもみつぶして患部に塗るとよく、化膿した切り傷や腫れ物などに、つけると「ウミ」を出す作用があります。
    うるしかぶれや草負けの場合には、煎じた液で患部を洗浄します
    キランソウは、民間薬でありながら昔から知られていて、漢方薬の薬局でもキランソウの名で乾燥葉を販売しています

    アセビ(馬酔木)に居ました
     

    ここら辺りで、わんちゃんお気に入りのナラノココノエザクラ「もう咲いてるかなぁ?」





    県庁東の歩道わきに、いっぱい咲いてました
    ソメイヨシノより花期は遅いので心配でしたが、今年の桜はいっぺんに花開いてくれましたね。
    奈良公園の桜を堪能しながら近鉄奈良駅に・・・
    ここで思い出しました「大仏あんぱん」のあのお店Chateau Dor(シャトードール)

    「美味しいコーヒーが待っている」と、独り言。

    コーヒーフェスティバルを注文しました

    このパンおまけなんですよ、得した気分。

    奈良市マンホール


    国際文化観光都市として、観光シンボルである「奈良公園の鹿」と「市章」を中央に配置し、周囲には、平安朝の女流歌人伊勢大輔歌「いにしえの奈良の都の八重桜けふここのへに匂いぬるかな」(歌詩集)によって知られる「八重桜」を図案化しています。
    これにより、古都奈良のイメージを表現しています。

    帰りは近鉄奈良駅から・・・ウチに着くと歩数計は21595歩カウントしてました。
    「よ~~お 歩いたなぁ」っとこの日最後の独り言




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    2018年4月11日 絵手紙
    「わんちゃん、来るときに柏餅買うてきて」「は~い」
    和菓子屋さんに寄ると、2種類の柏餅がありました、白い生地に漉し餡&草餅に漉し餡
    両方買いまして・・・

    柏餅


    兜は布で折って作りました、紙で折るのと同じ折り方で・・・


    鯉のぼりは「あられ&せんべい」のギフトに添えられていたモノです。


    柏餅は描いた後、モチロンお茶うけにいただきました。

    絵手紙同好会終えて駐車場の車に戻ると、フロントガラスのワイパーに何やら?
    よくよく見ると桜のお花が三つ

    どなたはんやろ?
    続く

    ウチに帰って水をはったガラスのボウルに浮かべてみました




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    絵手紙同好会の日のことでした
    「集会所の駐車場でわんちゃんの車見っけ、たまたまキレイなヤエザクラの花を拾ったのを持っていたのでフロントガラスのワイパーのとこに置いといたよ、わんちゃんにヤエザクラのお花をプレゼント。ソメイヨシノはもう終わっちゃったけど、ヤエザクラがまだまだ咲いてるところがあるんよ、私の散歩道にね、ヤエザクラの並木になっててね今が見頃、桜ダイスキわんちゃん、ぜひぜひ回り道してでも・・・」



    わんちゃんに撮りたてヤエザクラを一枚プレゼントするね。


    「Aさんね?キレイなヤエザクラをありがとー、ところでその並木道はどこ?」



    「精華西中の西側正面玄関の前を通り、信号を越えて東光小の西側正面玄関の前を通る道にそのヤエザクラの並木道があるのよ、今度の土・日までダイジョウブなんで、ぜひぜひ一度。」

    精華西中って?どこに?ゼンリンの住宅地図を広げまして・・・あった!!
    金曜日に様子を見にカメラ提げて。
    ちょうど精華西中生徒さんたちの下校時でした、向うから歩いてくる生徒さんたちが近づくと「コンニチハ」っと気持ちのいい挨拶をしてくれました。
    もうちょっと南へ歩いた東光小学校はグラウンドゴルフの練習やブラバンの演奏会などでよく知ってます。
    正面玄関の方へ廻ります、下校時の児童たち「コンニチハ」ッと元気な声で挨拶してくれます。ちょっとカンゲキのわんちゃん、ボトンと桜の花が落ちてるので2~3個拾って「この桜のお花を水を張ったガラスの器に浮かべるとキレイよ、水に浮かべるから長持ちするしね」っと渡すと「わぁ!!良いなぁ、私も欲しい」っと女の子たち。
    一緒に歩いて落ちてる花を探して拾い集めました。女の子たち大喜びでした。











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    ≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫
    いきいき健康ウォーキング


    JR法隆寺駅→法隆寺→藤ノ木古墳→斑鳩文化財センター
    →龍田神社→吉田寺(きちでんじ)→竜田公園→三室山→昭和橋→王寺駅

    「明日は法隆寺やけど新聞の桜情報はどない?」
    ウ~~ン「法隆寺・桜・終わり」

    法隆寺は昔、宗次郎さんのオカリナ演奏で境内での野外コンサートに・・・以来でした。

       
    うまやど の みこ の まつり も ちかづきぬ 
     まつ みどり なる いかるが の さと
                     会津八一(あいづ・やいち)
    (厩戸の皇子の祭も近づきぬ松みどりなる斑鳩の里)

    歌意
    厩戸の皇子のお祭も近づいた。松の緑が美しいこの斑鳩の里に。
    聖徳太子千三百年忌を前に詠んだ4首の第1首、法隆寺の内外に美しく広がる松の緑を取り上げて、斑鳩の里を簡潔にさわやかに歌う。
    数々の偉業を成し遂げた聖徳太子への懐古の情を感動を持って展開している

    真っ赤な大きなモノは?何?

    藤ノ木古墳から発掘された石棺のレプリカと説明版にあった。




    詳しくは こちら


    斑鳩文化財センター
    藤ノ木古墳をより詳しく知りたいときは・・・そうだ斑鳩文化財センターに行こう

    龍田神社


    崇神天皇の時代に創立され、法隆寺の鎮守とされていた。伝承によれば、聖徳太子が法隆寺の建設地を探し求めていたときに、白髪の老人に化身した龍田大明神に逢い、「斑鳩の里こそが仏法興隆の地である。私はその守護神となろう」と言われたので、その地に法隆寺を建立し、鎮守社として龍田大明神を祀る神社を創建したという。元々の社名は「龍田比古龍田比女神社」で、その名の通り龍田比古神・龍田比女神の二神(龍田大明神)を祀っていた。延喜式神名帳にもこの名前で記載され、小社に列している。しかし、後に龍田大社より天御柱命・國御柱命の二神を勧請したため、元々の祭神は忘れられてしまった。現在は天御柱命・國御柱命を主祭神とし、龍田比古神・龍田比女神を配祀している。
    明治の神仏分離により法隆寺から離れ、三郷町立野の官幣大社龍田神社(現・龍田大社)の摂社となった。独立の請願の結果、大正11年3月に龍田大社より独立し、県社に列格した。
    かつて経蔵、三重塔等が存在したが現在では失われている。⇒Wikipedia参照

    ぽっくり往生の寺「吉田寺」


    わんちゃんの舅・姑は揃ってこのお寺にお詣りしてます、なので、ホンマに寝たきりになることなく、特に姑はぽっくり亡くなりました。
    霊験あらたか、わんちゃんもジックリお詣りしたかった、次回の宿題にしましょう・・・と決心しました。

    竜田公園でお弁当タイム




    千早(ちはや)ぶる 神代(かみよ)もきかず 龍田川(たつたがは)
       からくれなゐに 水くくるとは

             在原業平朝臣(17番) 『古今集』秋・294
    詳しくは こちら

    三室山は返す返すも残念無念、今年の桜は、あわてんぼさん。


    ところが探せばヤエザクラが・・・





    聴くと全山ピンクに染まるらしい、そんならいつかリベンジですね。(紅葉の頃も良いらしいですよ)
    そんなこと話しながらJR王寺駅から帰路につきました。

    斑鳩町


    三重塔と竜田川とモミジ。町の花・サザンカと町の木・クロマツも描かれています。
    周囲の模様は、寺の金堂の高欄に使われている万字くずしの模様。「いかるが」「げすい」の文字。
    ※斑鳩町の関係部署へマンホールに描かれている仏塔は「法起寺」「法輪寺」のどちらのものか。 と問い合わせた経緯が御座います。 「特定の塔ではない」との回答でした。 町内には斑鳩三塔が建ちますね。 五重ならば「法隆寺」を想起されますが、 描かれているのは、三重と見て取れます 「法隆寺」に在らず「法起寺」か、はたまた「法輪寺」か三方丸く治めた処でしょうか。(幻論乙坊さんより)
    下水管マンホール蓋

    王寺町


    町の木ウメ、町の花サツキと、 聖徳太子の十七条の憲法第一条「以和為貴」(和をもって貴しとなす)の精神を引継ぐ地域のシンボルの和(やわらぎ)の鐘のカラーデザイン。 周囲は4重の凸模様。「おうじ」「おすい」の表記。
    汚水管マンホール蓋

    いきいき健康ウォーキング 平成29年度皆勤賞
     
    長さロングで汗かきなわんちゃんにはとてもありがたいです。

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    「ウォーキングから帰ってふと見上げたら、藤がホラ、この通り満開中」
    「今年は藤の満開も、いつもより早いのかな?キレイやね、そうそう、けいはんな記念公園の藤も今、満開よ」
    「けいはんな記念公園に藤棚ってあったかなぁ?芝生広場なの?Aさんの散歩圏内なのかな?」
    「そうよ、二カ所あるんよ」
    「えっ!!そうなん?知らんかったわ、まだ間に合うかなぁ」
    「2~3日のうちやったら、ダイジョウブやと思うわ」

    けいはんな記念公園の広い芝生広場に2カ所、藤棚がありました。







    「ほぉ~~」です。
    遠くに見える大きな樹にも藤がよじ登ってるのが見えました。


    お日さまはまだまだ高いです、水景園の方にも行ってみました。
    観月橋から見た景色です。


    水景棚


    里棚田


    観月楼の方で藤が見頃ですよ」っと受付で教わりました



    「えっ!!えぇ~~見事やなぁ」ッと独りで感心度100%以上


    永谷池に沿って歩きました、可愛いスミレに遭遇。




    コバノミツバツツジ




    モチツツジ




    ミヤマガマズミ


    スイセン
     

    ジュウニヒトエ


    イカリソウ


    水景園は定期的に訪れて、いろんなお花に会いに行くのもエエもんやなぁっと思いました。


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  • 04/25/18--07:41: 水景園

  • 親子で楽しもう!せいかお宝発見ウォーク(3月25日)

    3月最終日曜日にけいはんな公園で「親子で楽しもう!せいかお宝発見ウォーク」が開催されます。
    今年は2回目。
    行ってきました。


    わんちゃん的には水景園ガイドツアー
    「公園の稲本さんと歩く水景園のいきものめぐり」のお知らせ版に目が釘付け
    「こっちやなぁ」と水景園の方へ。
    受付で集まってガイドツアーに参加

    公園全体のお話がありました
    「けいはんな記念公園」と言うのは愛称で「京都府立関西文化学術研究都市記念公園」が本当の名前、何故?関東に筑波研究都市があって国内に研究都市をもう一カ所となったときにいろいろ議論の末に京都、大阪、奈良の県境に造ろうということになって学研都市が造られた、ソレを記念して
    「京都府立関西文化学術研究都市記念公園」が造られたと、いうことの他に平安建都1200年の記念事業の一つとして京都の造園業界が総力を挙げて造られた公園です。平安建都1100年には平安神宮が1200年にはここと京都駅前の梅小路公園。
    ここの広さは24.1ha.サッカーコート1面が1ha.なので24面丸々入ってまだ余裕があるっというカンジ。
    この公園のコンセプトは「日本の里の風景」(昔の日本ってこんな風景やったよね)

    水がザァーザァーと滝のようになってますが段々の棚田の風景を現している。
    水景棚


    里棚田


    大きな池(永谷池)の周りを森が取り囲んでいます「芽吹きの森」と呼んでます。
    「芽吹きの森」は日本の里の風景を残した森になっている。
    この公園、計画当初は10ha.だったのが何故に倍以上になったのかはこの「芽吹きの森」の中に貴重種のオオタカが巣を作っていた、大学の教員、博物館の職員、市民団体など協議の結果、オオタカが棲める広さの池や森を残して・・・に至った。
    計画が大幅に変更された、コレは画期的なことです、フツー生き物に対してゴリ押しに開発が進められてきた、住宅が建った方が良い、道路ができたほうが便利になるっと言うふうに。
    自然や生き物に配慮した形で計画が変更されたというのは日本で初めての例やそうです。
    水景園の駐車場から来ると日本の昔の風景を再現したエリアになっている。
    芝生広場は段々に棚田のイメージに、茶畑のイメージにサツキ、ツツジが植栽されてます、竹の通り抜ける間に小川が流れていて、そこにメダカが泳いでいて・・・みたいな。
    どこか懐かしい日本の原風景に出会えます。

    人里近く果樹園のイメージ


    傾斜のキツイところに植えられてある、というのは、緩やかな場所は田んぼや畑にしやすい、傾斜のキツイ場所は田畑の作業はタイヘン、しかし、土地をあそばしとくのはもったいない、傾斜地には果樹を栽培、水はけが良い場所、日当たりのいい場所が果樹にはピッタリ。
    日本の各地でよくみられる風景、例えば和歌山だったら、山の斜面地にウメ、モモ、ミカンなど、奈良はカキ、丹波篠山だったらクリというふうにその場所に合った利用方法を選択してますね。

    アンズ


    花弁5枚、ガク5枚バラの仲間の特徴、アンズはスモモの仲間、モモはモモの仲間、
    「モモもスモモもモモのうち」ッというのはウソ。アンズもウメもモモもサクラも全部バラの仲間。
    バラの仲間を細かく分けていくとモモのグループ(モモ亜属)、スモモのグループ(スモモ亜属)に分かれる、厳密にいうと「モモもアーモンドもモモのうち」だから「モモもスモモもバラのうち」しかし、そのうち分け方が変わってくるかも知れない、但し今の時点では・・・・・にしておきましょう。

    スイセン




    学名にナルシスとあります、昔々ナルシストっという神様が居ました、その神様は「俺様ダイスキ神様」ある日池に映る自分の顔を見て「うわっメッチャかっこいいヒト居るやん」っと自分に恋い焦がれて最終的には池に落ちて溺れて死んでしまう、死んでしまった池の縁に生えていたのがスイセンの花。
    コレ気をつけないといけないのは葉っぱに毒があります、ニラと似てるので間違えて食べて中毒になる人がいます、注意しましょう。

    コバノミツバツツジ




    昔話に昔々おじいさんとおばあさんが居ました、おばあさんは川に洗濯におじいさんは山へ芝刈りにと言う話の中でおじいさんは山に行って低木を刈り・・・の材が柴の意。(足元に生えてる芝生じゃないです)
    その柴がコバノミツバツツジだった、非常に材が密で火付けに良いとされていた。も一つ京都の文化で無くてはならないもの「鞍馬の火祭り」の松明にこのコバノミツバツツジが使われています。
    ここで「生物多様性」ということがいわれてます。
    人が生きていくために大事なこと、生物は自分が・・とは考えてないそう。
    「生物多様性」を守ることで得られるメリットとは
    文化が継承されるとか、美味しいご飯が食べられるとか、病気に効く薬が見つかるとか、そういうのをまとめて専門的に「生態系サービス」と言われている。コバノミツバツツジなんかは「生態系サービス」を大きく提供していると言える。

    スミレ
    植物は自分で動けない、しかしなるべく自分の子孫を遠くで増やしたい、自分で動けないので何かの力を借りなければならない、多くの植物は種を風に運んでもらうか、水で流されるか、動物に引っ付いていくかいろんな手段で運んでもらうかしますが、スミレはアリに運んでもらいます。スミレの種にはアリの好きな味のする成分がくっついてて、アリが巣に持って帰ります、巣の中で自分の好きな味のする部分だけを食べて、肝心の本体の種は巣の外にポイ。すると、スミレは自分の種をアリによって遠くに運んでもらったことになり、アリは美味しいモノをスミレからもらったことになる。お互いに利益になるウィウィの関係ッということでしょうか。
    スミレって街の中、コンクリートの割れ目とかアスファルトの隙間なんかにも生えてますよね、ソレはこういうことなんですよ、アリがね運ぶんですよ。
    ホトケノザとかシソの仲間は結構アリの力を借りて遠くに運んでもらってますよ。

    ナガバタチツボスミレ
    ナガバっというのは、葉っぱが長いこと、コレ花が咲いてるときは全然、長い葉じゃないです、花が終わって種を作るときになると葉っぱが長くなる、このスミレに名前を付けた人は、花が終わって長い葉っぱを見たときなのか、ずっと観察してて花が終わったときに葉っぱが長くなったときなのか・・・

    シハイスミレ
    漢字で書くと紫に背と書きます、紫は葉っぱの裏が紫、背とは裏側のこと。

    スミレを撮っているのですが名前がわかりません










    アリアケスミレ
     

    モチツツジ


    この公園では5月(今年は少し早かった)になるとモチツツジが山にたくさん咲くッというのはフツーの光景なんですが、コレって全国的にみると珍しいことなんですよ、何故かというとこのモチツツジは日本固有種なんです、世界中探しても日本にしか居ない、更に更に日本の中ででも分布が限られてて日本の中ででも一部分しか居ません、東は山梨辺りから西は岡山・四国辺りまでしか居ません。「5月にモチツツジが見たいなぁ」っと東京に行っても見れません。

    ヒメオドリコソウ               ホトケノザ
     
     
    トサミズキ ヒサカキ
      

    タマゴケ
     

    アセビ コウヤボウキ
      

    オオイヌノフグリ


    セイヨウジュウニヒトエ


    トキワイカリソウ
     
     
    この公園のもう一つの珍しい特徴は
    街の中にあるのにアカマツが残っててツツジがセットになってる、というのは結構珍しいことです。
    アカマツは手入れをしてやらないとドンドン弱っていく、昔は薪にするために切って又植えてとやってきた、地面に落ち葉がフカフカになってるのはアカマツにとっては良くないこと。管理をしてきたのでアカマツは山にたくさん残ってきて、マッタケもたくさん出てた。今は手入れをしなくなってきたのでアカマツ自体がドンドン衰退してます。関西の里山の多くはアカマツとコバノミツバツツジとかモチツツジ、コナラなど里山の風景が見られるしかも街中でっというのはかなり珍しいことです。「それこそ、町のお宝ですよ」

    Qus.
    この公園はもともとあったところをそのままを残してるんですよね
    Ans.
    そうです、残してるのと残しましょうっと保護するのとでは違って、手を入れてはいけませんよと囲ってしまうとこの景色は見られなくなってしまう、里山自体は人が手を入れて、はじめて成立する自然なので、守りましょう、残しましょうっといいつつ、適度に人が木を切ったり落ち葉を出したりしないと作れないです、だから、タイヘンなんですよ。枠で囲って「ここから先は何人たりともは入れません」っというのんは簡単、里山を守るっと言うのは結構手間がかかるんですよ。

    植物の解説は稲本さんの解説を参考にさせていただきました

    水景園は定期的に訪れてお花や鳥の観察もエエもんやなぁっと思いました。
    友だち誘って、季節ごとに訪れるのもいいなぁっとも・・・
    水景園HPで水景園ガイドツアー日程を確認することができます
    こちら




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  • 05/02/18--08:21: 大和十三佛
  • 十三仏霊場について
    死者の追善供養として執り行われる、初七日から三十三回忌までの仏事に割り当てられた、十三の仏様をお参りする霊場です。ベースとなるのは、唐の時代の十王信仰。これが鎌倉時代以降に日本でも広まり、七回忌、十三回忌、三十三回忌が加えられて13の仏事になりました。 七回忌以降の仏様は、真言宗でメインとなる仏様なので、成立には大きく真言宗が影響を与えていることを示しています。十三仏霊場は、基本的に追善供養、祖先崇拝なので、心願成就や開運祈願などを願う他の霊場などとは色合いが異なっています。 また十三仏霊場は、基本的に昭和50年以降の成立であり、霊場としての歴史も観音霊場などと比較して浅いと言えます。加えて、檀家や巡拝者に向けて供養を促すために、寺院側の発議によって開創されたケースが多いともされています。
    第1番:初七日 生駒山 宝山寺(不動明王)奈良県生駒市門前町1-1  
    2002年1月20日

    第2番:二十七日 勝宝山 西大寺(釈迦如来)奈良県奈良市西大寺芝町1丁目1-5  
    2001年11月24日 

    第3番:三十七日 安倍山 安倍文殊院(文殊菩薩)奈良県桜井市安部山  
    2018年3月11日

    第4番:四十七日 釜ノ口山 長岳寺(普賢菩薩)奈良県天理市柳本町508   
    2006年5月20日 

    第5番:五十七日 矢田山 金剛山寺(矢田寺)(地蔵菩薩)奈良県大和郡山市矢田町3549 
    2000年6月25日

    第6番:六十七日 当麻寺 中之坊(弥勒菩薩) 奈良県葛城市當麻1263 
    2006年4月10日

    第7番:七十七日 日輪山 新薬師寺(薬師如来)奈良県奈良市高畑町1352 
    2007年10月15日

    第8番:百ヵ日 無量山 おふさ観音(観音菩薩)奈良県橿原市小房町6-22 
    1996年10月23日

    第9番:一周忌 真弓山 長弓寺(勢至菩薩)奈良県生駒市上町4446 
    1997年12月14日

    第10番:三回忌 鼻髙山 霊山寺(阿弥陀如来) 奈良県奈良市中町3879 
    2006年5月22日

    第11番:七回忌 信貴山 玉蔵院(阿閦(あしゅく)如来)奈良県生駒郡平群町信貴山2280 
    2018年3月11日

    第12番:十三回忌 忍辱山 円成寺(大日如来)奈良県奈良市忍辱山町1273 
    2001年5月6日

    第13番:三十三回忌 三輪学山 大安寺(虚空蔵菩薩)奈良市大安寺2-18-1 
    注:記入の年月日はわんちゃんがお詣りした日付です

    わんちゃんと「大和十三佛」との出会いは?
    Iさんに誘われておふさ観音(第八番)へお参りしてきた、リビング(朝日新聞朝刊折り込み)に載ってた「10月000膳」精進料理を味わって・・・。
    おふさ観音と八木西口のコースは、丁度良い散歩道、帰りは大和八木駅まで歩いた。精進料理でいただいた、かやくご飯が、食べきれなくて余ったのをシール容器に入れていただき持ち帰った・・・と、その日の日記に書いている。

    大和十三佛をお参りし始めたきっかけはなんだったんだろう??
    1回目は1997年12月14日に初めて長弓寺(生駒市)にお参りしている、2001年から2006年の間に9カ寺お参りしてます、今年3月上旬にふとしたことがきっかけで、信貴山玉蔵院(生駒郡平群町)と安倍文珠院(桜井市)にお参りすることができました。
    信貴山に寅。こちら


    榧木


    山門から石畳の参道を行くと石の鳥居を越えて榧の巨木が見えた、聖徳太子が開基した頃芽吹いたとされている、表示板には樹齢1500年とある
    それで、聖徳太子の像が・・・



    信貴山玉蔵院はもう何年も前に精進料理をいただきにご近所さんのグループでお詣りした記憶があります、その折に朝護孫子寺本堂の真下が真っ暗になってて手探りで巡った記憶がありました。
    戒壇めぐり
    この「戒壇巡り」は、心願成就を祈る修行の道場で、本堂真下の暗闇の回廊です。長さ九間四面三十六間、暗い部分で約60メートル、約5分間でお詣りができます。階段を下りたら、右手を右の壁に当てながら廻り、二番目の角を曲がってください。すると見えてくる灯明の場所には、皆様方の十二支生まれ年の守本尊、即ち千手観音や阿弥陀如来など八体の仏像がお祀りしてあります。ここで、ご自分の守本尊に身体健全、家内安全をお祈りください。次にまた、右手を右の壁に当てながら進んでください。次の角を曲って少し行きますと、又木の格子が手に当たります。その胸の高さに大きな鉄の錠前が掛っております。この錠前に触れますと如意宝珠に触れたと同じ功徳が与えられると言い伝えられ一願成就のご利益が授かります。⇒信貴山 朝護孫子寺HPより
    思い出しながら戒壇巡り体験しました、真っ暗です、ホンマに手探りです、右手で壁をなぞりながら進みました。
    出口の方、差し込む光を見るとホンマに「一願成就のご利益が授かります」との教えのように思いました。

    本堂の舞台に上がりぐるりと見渡すととても良い眺め。

    日本一大地蔵尊



    左足を降ろして座る半跏ポーズ。総丈14.54メートル、。
    このポーズは「お願いをすればただちに救いに行くぞ」

    空鉢護法堂


    命蓮上人が竜王の教えを蒙り、信貴山縁起絵巻(飛倉の巻)の如く、空鉢を飛ばして倉を飛び返らせ、驚き嘆く長者に慈悲の心を諭して福徳を授けたという出来事に由来します。山頂に竜王の祠を建てて以来、多くの参詣者から、「一願成就」の霊験あらたかな守護神として信仰されております。山道は険しいものの、途中に信貴城址と行者の篭堂、星祭り本尊があり、また、空鉢護法堂(空鉢堂)からの眺めはたいへん素晴らしいものです。⇒信貴山朝護孫子寺HPより
    ちょっと急な坂になっててジックリユックリ歩きました。空鉢護法堂からの眺めは素晴らしかったです。
    駐車場への途中に信貴山城址こちら



    「さて、あと大和十三佛は何か所残ってるかなぁ?安倍文珠院に行こか?」
    本堂

    仲麻呂堂(金閣浮御堂)


    当山出生の安倍仲麻呂公や安倍晴明公など安倍一族をお祭りするため、昭和六十年に、総金色仕上げの金閣浮御堂が完成堂内には仲麻呂公像、晴明公像、をはじめご本尊に開運弁才天、厄除け守護の九曜星の神々。方位災難除けの十二天御尊軸が安置されています。

    白山堂:室町時代 重要文化財


    流造屋根柿葺き、美しい曲線を持つ社殿で、当山の鎮守です。白山菊理姫を主神として祭り、特に縁結びの神として信仰の厚い社です。

    文殊院西古墳:飛鳥時代 国指定特別史跡


    この古墳は古来より安倍寺の創建者である安倍倉梯麻呂の墓であると伝えられています。
    また、玄室には弘法大師お手作りと伝わる願掛け不動の石仏が祭られています。

    合格門


    この合格門は松を使用して作成しております。一足先に合格門をくぐり合格を「まつ」。
    さてと、大和十三佛はあと一か寺、第13番 三輪学山 大安寺(虚空蔵菩薩)残すのみとなりました。 

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    布地は着物の生地で、柔らかな手触りです。


    裏地は木綿で中表に縫い合わせます。


    縫い目をアイロンで押さえて表に返します。


    返し口をおいといて、回りにステッチ、ステッチ幅は0.3cm


    三角に折って角から10.5cmのところを2枚一緒に縫い留める。


    三角に折った角にボタンをつけて、中央のあき口に出してとめる。


    ティッシュボックスをセットすると

    なんと・・・・・

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    4月27日の夜遅くに
    「お母さん、今年の桜は?どこ行くん?」と、長男が。
    「そやなぁ、今年の桜はいつもの年より1週間から10日ほど早よ満開になってるなぁ、あっという間に過ぎてしもたわ」
    「九頭竜湖とか荘川桜、調べといてくれるか?」
    「行ってくれるん?」
    九頭竜湖の桜
    九頭竜川の源流にあたる九頭竜湖には、「九頭竜万本さくら会」によってサクラが植樹されています。この遅咲きのサクラが湖畔に美しく映る頃、県下で最も遅い春を告げます。
    スゴイとこみたいやなぁ、っと早速直接電話でお尋ね
    「見頃は過ぎてますね」っと残念なお答え
    荘川桜の方は?ネットで検索、4月28日見頃 と出てた
    コレは荘川桜に決定やまぁ!!
    4月29日の早朝「もう出るでぇ」「ハイ、すぐ用意するね」
    3時40分にウチを出ました。さすがに道路はすいてるしキモチ良くドライブ楽しめました、と言うても後部シートでほとんど居眠りさせていただきましたのわんちゃんです。
    長良川サービスエリアに6時30分到着、朝食代わりに長男はラーメン、わんちゃんは山菜うどんで・・・身体が程よく温まりました。

    荘川桜8時過ぎに到着、2時間ほど写真撮ったりウロウロしてたかな?




    御母衣ダムのダム湖に沈むところの桜を移植したのが




















    ミズバショウが自生している「ひるがの高原」に移動

    冬ならスキー場、向うの方に残雪の山が見えてました、白山かな?(ちょっと怪しいけど)





    湿地に木道があってミズバショウを観ながら散策できます。2時間ほど居たかな?
    たかす・ひるがの

    道の駅「桜の郷荘川」から、道の駅「大日岳」へ向かう途中、156号(飛騨街道)ひるがの湿原植物園付近にて

    「ランチは何処にする?」
    「ここへ来しな大きな水車があったやんか、そば処のような気がするいっぺん行ってみよか?」







    この大きな水車の横にそば打ち道場があってそば打ちを習うことができます。


    すぐそばの庄川ではヤマメが釣れるみたいです。


    「分水嶺のとこ行ってみよか?前にお父さんと来た時にここで写真撮った記憶があるんやけど・・・」



    思いがけずに、たくさんの山野草に出会えてビックリするとともに、うれしかったです。
    タチツボスミレ


    ミヤマキケマン               フクジュソウ
     

    ニリンソウ
     

    ショウジョウバカマ


    カタクリ


    ザゼンソウ
     


    「この前来たときは、日本海の方へ行ったなぁ、どうする?」 2012年・臥龍桜 
    2010年・荘川桜
    「今ぐらいの時間やったらウチには6時ぐらいには帰れる?」「そうやなぁ」
    「帰れるんやったら、もう帰ろう、ゆっくり帰れるやんか?」「ほな、そうしよか」

    それにしてもこの春ほど急ぎ足で桜が列島を駆け抜けたことが近年あっただろうか。全国津々浦々の桜守たちもきっとあまりの早さにとまどったことだろう。できれば来年はもう少しゆっくりと、のんびりと北上してほしい桜前線である。⇒朝日新聞5月6日【天声人語】より
    わんちゃんも同感です。

    この 「荘川桜」 と言えば笹部新太郎さん




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    ユキノシタ(ユキノシタ科)漢名・虎耳草(こじそう)


    種子はできず葉柄の根元から紅紫色の糸のように細い送出枝を出し、その先端に根を出し、新しい苗を作って繁殖していく。いわばクローン植物といえるかも?
    古く薬用としてもたらされ帰化したとみられる。
    民間では生葉を搾り、①幼児のひきつけや②中耳炎の治療に。
    ①新鮮な生の葉を水洗いして食塩を少し振りかけてもみ、そのもみ出した汁を、口に含ませる。
    ②この草をミミダレグサと言う方言が残っているように、古くから耳の薬として有名。
    痛んだり、膿が出るという中耳炎に、水洗いした新鮮な葉をもんで、出た汁を数滴、直接耳孔にたらしこむ。

    わんちゃん的にはユキノシタは天ぷらですね、


    葉っぱは苦みがあるんだけど、天ぷらにするとおいしくいただけます。葉裏にだけ薄めの衣をつけ、中温の油で揚げる。
    ほかの天ぷらの中に少し加えると、趣あり、話題も沸騰。
    お花は生のまま、塩(少々)漬け込み、軽く重しをして水が上がったら引き上げて塩をまぶし瓶で保存。花茶にしたり塩抜きして椀だねに

    散歩してたら道端にユラユラとアカツメクサが居る、

    絵手紙のモチーフに・・・

    アカツメクサとシロツメクサ


    大きな違いはシロツメクサが花のかたまりの下に長い柄があるのに対し、アカツメクサは花のかたまりのすぐ下に葉があります。
    また受粉した花はシロツメクサは下向きになるがアカツメクサは下を向くことはない。
    アカツメクサ
    デンマークでは「国花」になっている。日本へは牧草として明治時代の初期に渡来した。別名をムラサキツメクサという。
    ヨーロッパ原産で、道端や空地などに生える帰化植物。アカツメクサの白花品種。別名セッカツメクサ。
    アカツメクサを撮っていたら、ふと、視線の中に入ってきた、シロツメクサとは葉っぱの付き方が違うように思う、アカツメクサに近いみたい・・・と調べてみたら、


    シロバナアカツメクサだった。

    シロツメクサ


    漢字表記は、「白詰草」。詰め草の名称は1846年 (弘化3年)にオランダから献上されたガラス製品の包装にこの花のドライフラワーが緩衝材として詰められていたことに由来する。
    日本においては明治時代以降、家畜の飼料用として導入されたものが野生化した帰化植物。根粒菌の作用により窒素を固定することから、地球を豊かにする植物として緑化資材にも用いられている。