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毎日の生活の中で見たこと、聞いたこと、感じたこと、思いついたこと等々書き留めています (コメント大歓迎デス・・・・・)

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    地域の集いの場  
    手芸教室いちごサロン 
    ここからはじまる、新しい地域のつながり


    梅雨でジメジメする天気が続いています。水分をこまめにとり、体調には十分注意してください。8月17日の「いちごサロン」は、ボランティア「鶴岡先生」の協力で、「かわいいおじゃみ作り」と「茶話会」を行います。皆様のご参加をお待ちしております。
    ↑7月の初めに自治会の回覧板にありました。

    いつも会場は「ケアハウス神の園」です、希望者には自宅まで送り迎え可能!!親切ですね。

    材料が配られました、

    和服のハギレのようです、

    柔らかい布の感触がいいそうです、洋服生地だとちょっとイメージが違ってくるようです。

    「型紙を厚紙で作ってあります、布に当てて鉛筆でなぞり、裁断してください」


    「胴体と顔は縁から5mmぐらいのところを、ぐし縫してギュッと絞りますので糸は2本取りで」


    「耳は返し縫いをしてもいいくらいなので細かく縫ってください」


    耳は細く小さいので裏返すのがタイヘン、先生は道具を用意されてて、魔法のように小さな耳を裏返しされてました、これに関しては全員がお世話になりました。
    ウ~~ン道具って・・・
    スゴイ!!

    胴体に入れるペレットは入れすぎると可愛さが半減するようです、お顔の目と鼻の位置も重要なポイント、上過ぎるとおばあさんっぽくなり下過ぎると間が抜けたようになる・・・っと言われると、サンプルのおじゃみを手に取って詳しく詳しく観察・・・

    作り方(クリックで拡大します)



    型紙(クリックで拡大します)



    「出来ましたァ~~」

    「どれどれ可愛く出来上がりましたね」

    「ご希望を聞いて回ってます」スタッフさんが、「ホットかアイスコーヒー、ホットココア、紅茶どれがいいですか?」っと一人一人聞いて回っておられましたよ。

    お菓子も用意されてました、

    お菓子をいただきながら、美味しいホットコーヒーで・・・

    その間に「次回は“つまみ細工の壁飾り”今日出席の方たちは先行予約受け付けます」早速、申込みました。楽しみです。

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    土曜ミニミニガイド

    只今、灌水作業中

    (地下水だそうです)

    「水やりってカンカン照りの時でも大丈夫なんですか?」っと素朴な質問
    「カンカン照りで鉢植えの植物で鉢がちっちゃいとき水やりすると鉢の中がお湯状態になってしまうんですけど、地植えの場合は大丈夫ですよ」

    観覧温室前の池でスイレンの観察
     



    まず、スイレンを漢字で書くと?
    「水に蓮じゃないですよ、昼間開いてて夕方になるとしぼむを3日繰り返すんで、ねむる蓮、睡蓮」

    ガイドの職員さんが池に入られてオオオニバスの葉を引き上げて見せてくださいました。




    裏側には棘がいっぱい、みんなで順番に触ってみました「結構痛いよね」棘がある理由は、魚とかに食べられないように。
    時間が経って萎れると棘は痛くなくなるそうです。
    葉柄がスポンジになってて(浮き輪状)沈まない・・・
    大きくなると直径2mぐらいになり子供から70kgの大人まで載っても大丈夫っと言われているが、ま、子供なら大、大、大丈夫載れます。

    オオオニバスの生き抜く戦略とは?


    一日目は白い花を咲かせていったん閉じて、二日目になると真っ赤に花の色が変わる、ソレは、一日目の花は白く目立って虫に見つけてもらって花粉を運んでもらわないとアカン、そこにとまった虫は閉じた中で花粉をつけて次の日開くと別の白い花に移って受粉完成。



    ミシシッピアカミミガメ(北アメリカ原産のミドリガメ)がイタズラをして、葉っぱを食べてしまうんで罠を仕掛けてあります(特定外来生物なんで)、エサは竹輪。
    他にはゼニガメ(クサガメ:日本在来種)が居るとか。

    オオバミズオジギソウ



    長い棒で触ってからも、なかなか閉じないというオジギソウ、
    鈍いんだけどなんとなく閉じていってるかな?(ビミョー)っというカンジ・・・

    暑い日に熱いところの温室へ・・・
    「むあ~」っとした空気はすごかったです、けど、植物観察には気にならなかったです。

    ペリカンバナ

    つぼみ状態でした、花が咲くとスッゴイ臭い臭いやそうです
    (朝来たら「おっ!今日は咲いてるぞ!」っというほど)

    下に落ちてる花が終わったので観察

    「煮干しのようなにおいが残ってるんですけど・・・」
    順番に臭いをかぐ「確かに出汁をとった後ゴミ箱にほかしてある煮干しの臭い」
    「花って良い香りのモノばっかりやないんやわ」「クサい臭いがするのはハエをおびき寄せてハエに花粉を運ばせるためです」
    ハエがいっぱい居ました、蛆虫(ウジムシ)も・・・花の構造が迷路のようになっててハエが入っても出れなくなってもがいて、花粉がくっつく、出れたハエは次の花へ行けるけど、迷路にはまってしまったハエはこのような姿に。食虫植物ではないです、単に虫をおびき寄せる仕組みになってる。

    ビヨウタコノキの実
     
    株元に木根が出てタコの足のよう、ビヨウ(美葉)は葉っぱの縁がうっすら赤い。美しい葉っぱと・・・
    棘がありましたよ。

    温室の屋根


    一番高いところで15m、日本の温室の中では背が低いほうだそうです。咲くやこの花館(大阪市)は天井の高さ30m京都では景観条例にひっかかるので、15mより高いのは建てられないそうです。
    ヤシが集められている。天井に着くと切るしかない、そのまま置いとくとガラスを割ってしまうので天井に着くまでに種を採って育てて、天井に着くころには苗にしておいて・・・っという作業の繰り返しやそうです。、

    バナナ




    京都市動物園、京都府立植物園、京都水族館3園館連携してゾウ、オットセイのウンチを肥料にしてバナナを栽培、ソレをゾウのエサに・・・(小学校の児童たちに生きた教材として、実際にウンチを肥料としてやってもらったとか・・・)

    ホウガンノキ

    この実は昨年咲いた花の実やそうです。
    花が咲いてるのは ⇒こちら

    ハスの蕾
    ハスは水揚げが悪いのでお盆にお供えしても蕾のまま散ってしまいます、そこで・・・
     


    BGM:カリオカの碧い風

    良い匂いの花

    イエライシャン(夜来香)ガガイモ科 原産地:中国南部、ベトナム、インド
    山口淑子さんの♪夜来香♪は有名・・・

    イランイラン:バンレイシ科 原産地:インド、東南アジア、オーストラリア北東部
    長い花柄の先に細長い花弁の花を咲かせます。咲き始めは淡い緑色ですが、しだいに黄色に変わります。この濃厚な甘い香りのある花は、イランイラン香水の原料となります。「イランイラン」とはタガログ語で、「花の中の花」の意味だそうです。
    見上げるほど高~いところに咲いていて「濃厚な甘い香り」は残念ながら・・・
    有名な香水ではシャネル「№5」、アランドロン「サムライウーマン」等々

    プルメリア:キョウチクトウ科 原産地:メキシコ、中米、南米北部
    ハワイでの「レイ」でおなじみ、甘い香りがします。

    ヤコウボク(夜香木)ナス科 英名:ナイトジャスミン 原産地:熱帯アメリカ(西インド諸島).
    西インド諸島原産。よくイエライシャンと間違われるそうです。
    昼は閉じていますが、夜になると花が開き強烈な香りがします(昼夜逆転室でその香り体験しました)

    この猛暑の折観覧温室の中で一番涼しかった場所
    高山植物室

    BGM:そよ風の誘惑
    アポイアズマギク(キク科) 原産地:北海道
    イワギリソウ(イワタバコ科)
    イワタバコ(イワタバコ科)
    ウメバチソウ(ウメバチソウ科) 神津岳産
    オオビランジ(ナデシコ科) 原産地:関東~中部の亜高山帯
    カシオペ “ムアー ヘッド”(ツツジ科)
    カンパヌラ ロツンディフォリア (キキョウ科) 園芸品種:ホワイト フラワー フォーム
    キタダケトリカブト
    クリヤマハハコグサ(キク科) 原産地:関東地方
    ゲンチアナ ラウレンケイ(リンドウ科) 原産地:中国西北部、チベット 
    コリダリスルテア(ケシ科) 原産地:アルプス南部
    サツマチドリ(ラン科) 鹿児島県
    シコタンハコベ(ナデシコ科)園芸品種
    セドゥム“ バートラム アンダーソン”(ベンケイソウ科)
    チシマフウロ(フウロソウ科) 原産地:北海道、本州北部の高山地帯
    ハナゼキショウ(チシマゼキショウ科) 原産地:日本
    ポリゴヌム アフィネ(タデ科) 原産地:ネパール~雲南省
    メコノプシス カンブリカ(ケシ科) 原産地:ピレネー、イギリス、アイルランド
    ヤナギラン(アカバナ科) 原産地:ヨーロッパ、アジア、北アメリカ
    ヤマシャクヤクの実(ボタン科) 原産地:朝鮮半島、日本

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    集合:けいはんな記念公園西口
    もの凄く暑い日でした
    合言葉は?“水分補給十分に”

    まず、けいはんな記念公園芝生広場をグル~リと周りながら

    サルスベリ(百日紅=ヒャクジツコウ)ミソハギ科

    サルスベリは百日紅、ず~っと百日咲いてる?いいえ。
    咲いては散り、散っては咲き百日にもわたり花が咲いているっということで・・・。

    最初にH先生が「さて、サルスベリの雄しべはどれでしょうか?」
    雌しべと雄しべについて
    真ん中の黄色いのは雄しべですが、生殖能力は無し、この黄色いノンにつられて虫がやってくると周りを取り巻いてるヒョロヒョロっとしているホンマモンの雄しべの花粉がくっついて雌しべに、

    じゃ雌しべは?

    一本だけプックリと子房のついたのがソレ(矢印)

    サルスベリには密腺はありません、が、花粉だけでも虫にとっては大切な蛋白源になります。
    サルスベりの花びらのヒラヒラ状態はどんな意味があるのでしょうか?

    サルスベリの花をきっかけに観察会は植物の生き抜く戦略が話題になりました。

    タチスズメノヒエ、シマスズメノヒエ、キシュウスズメノヒエ等々観察。

    見事なV字がキシュウスズメノヒエ(イネ科)

    雌しべが先に熟してダメになったら雄しべが出てくる同時に出したら自分で自分の花粉をつけることになってしまうので・・・コレが戦略。

    ミソハギ(禊萩)ミソハギ科


    場所によって3種類の花が咲く、雌しべが雄しべより長い、雌しべが雄しべと同じぐらいの長さ、雌しべが雄しべより短い、の3つのパターンがある、虫たちとの関係で自家受粉を避けるため3段階になっている。

    キキョウ(桔梗)キキョウ科
    雌しべを観察、

    ①雌しべが咲いてない

    ②雄しべが花粉を出す


    ③雄しべが乾いてしまってから雌しべが咲く。

    自家受粉を避けるための戦略。
    一つ一つのキキョウの花を見ながらどの段階なのか観察しました。

    ハイニシキソウ(這いにしきそう)トウダイグサ科

    トウダイグサ科でノウルシなんかと同じ仲間、白い汁はカブレる可能性あり。
    この小さな花にも雄花と雌花が・・・

    エゴノキ:エゴノキ科
    果実を口に入れると喉や舌を刺激してえぐい(えごい)ことに由来する。

    カワイイ実が成ってます・・・ヤマガラの大好物。

    イヌタデ(犬蓼)タデ科

    よ~くよく観察すると一つの穂の中で咲いているのは一つぐらい・・・ナルホドです。
    赤い小さな果実を赤飯に見立て、アカマンマとも呼ばれる.

    オミナエシ(女郎花 )オミナエシ科


    オミナエシの語源は?
    オミナメシ(女飯)とは、オミナエシの別名、小さな花が粒のように集まって咲いています。
    黄色い小粒の花を粟に見立てた、粟のご飯は女性の食べ物とされていたことから、女飯(オミナメシ)と呼ばれ、これが変化して女郎花(オミナエシ)となったという・・・
    じゃぁ、男飯は?
    近縁種にオトコエシ(男郎花)花の色は白、白米に見立てた
    男飯(オトコメシ)が変化して男郎花(オトコエシ)となったという・・・
    粟も米も五穀(米・麦・粟・豆・黍(きび)または稗(ひえ))の仲間ですが、粟は米より低くみられていた。
    きっと、男尊女卑の時代につけられた名前なんやろね、と思うわんちゃんなのです。



    せせらぎの道を歩きながら目線は小川の辺へ、、小川のほとりで白い小さな花
    今月から入会されたTさんが「集合時間よりも1時間早く来て散策してたらこの白い花が気になって・・・」
    「サクラソウ科ですよ、水辺に関係のある名前、背の高さは膝よりも高くなる、さて?」
    水辺に生える思い当たる花たちを言い合ってみるが、どれもハズレ・・・


    ヌマトラノオでした。
    ヌマトラノオ(沼虎の尾)サクラソウ科

    ここでやっと水景園の入り口にたどり着きました。

    涼しそうなしつらえが・・・

    ミストマシン・下のタンクに水が入ってます、霧状態になる仕掛け。

    受付で60歳以上は年齢証明書提示で無料、全員が無料で水景園に・・・
    つづく

    けいはんな記念公園芝生広場の周りで観察したお花たち
    タチスズメノヒエ               シマスズメノヒエ
     

    セッカニワゼキショウ          ブタナ
     

    ウラジロチチコグサ          ウラジロハハコグサ
     

    タチスズメノヒエ(立ち雀の稗)イネ科
    シマスズメノヒエ (島雀の稗) イネ科
    セッカニワゼキショウ (雪花庭石菖) アヤメ科
    ブタナ(豚菜) キク科
    ウラジロチチコグサ(裏白父子草) キク科
    ウラジロハハコグサ(裏白母子草)キク科



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    けいはんな記念公園芝生広場の周りをグル~リ観察の後 ⇒こちら水景園へ
    水景園でまず、目に入ってきたのがナツズイセンかな?園芸種でリコリス・インカルナタがあっちこっちに・・・

    リコリス・インカルナタ:ヒガンバナ科
     

    そして、もう咲いてるの?ヒガンバナ
    ヒガンバナ(彼岸花)ヒガンバナ科


    水田のある里棚田で観察したお花たち
    クサネム(草合歓)マメ科
     
    実はコルク質で熟して割れると水に浮いて流れて増える、中国では「田阜角」
    ネムノキと同じで眠ります ⇒こちら

    アメリカミズキンバイ (亜米利加水金梅) アカバナ科 別名:ヒレタゴボウ

    名前は茎にヒレがあることから。ゴボウの名前は、 ゴボウ の根に似ることから

    アオイに似た植物が栽培されてます、オクラ?トロロアオイ?ワタ?何やろ?
    和綿だそうです。秋になるとワタの実が・・・
    ワタ(綿)アオイ科


    和綿とは日本の国内で昔から栽培されていた綿花から作った綿。外国産に比べて繊維が太く短い。
    弾力があり、ふとんに向くという。

    背の高い植物が目につきました、
    トウモロコシのような、サトウキビのような、茎は竹の節のようになってます、

    お尋ねすると「ダンチク(暖竹イネ科)」


    イネ科の大形多年草。暖地の海岸に群生し,稈(かん)は高さ3メートル 内外で太く節がある。葉は広線形で長さ70センチメートルに達し,白緑色。秋,大形の花穂に白色または帯紫色の小穂を多数密生する。
    秋、再びのダンチク(暖竹)ですね。

    ちょっと近道を選んで永谷池の中の飛び石伝いに水景棚を渡って



    観月楼を抜けて水辺の小道へ・・・

    ヘクソカズラ(屁糞葛)アカネ科 別名:ヤイトバナ、サオトメバナ、サオトメカズラ

    葉や茎に悪臭があることから屁屎葛(ヘクソカズラ)の名がある。
    古名(万葉集には)はクソカズラ(糞葛・屎葛)。

    ヤマハゼ(山黄櫨)ウルシ科


    怖そうな蜂に遭遇、木の周りをそぉ~っと遠回りして・・・
    オオスズメバチ
     

    コナラの虫食い(ナラ枯れ)


    カシノキナガキクイムシが大量発生して大きな木ほどやられる、穴が開いてるけど穴をあけるだけじゃなくって虫が持ってる菌が中ではびこる、昔はシイタケにとか活用していて20年ぐらいで伐採してた、木が若い時は成長力が旺盛で菌などやっつけられてたが木も年を取ると力がなくなり、やられてしまう。

    池に沿って一番奥まで観察散策、森の小道で観察したのは

    タカノツメとコシアブラが隣同士で居ました。
    小葉が3枚(タカノツメ)と5枚(コシアブラ)

    コシアブラは秋の黄葉のころ穴が開いてホンマに油が漉せるんじゃないかみたいになる、そうです。
    コシアブラもタカノツメも春の山菜料理でお馴染み。

    クサギ(臭木)シソ科


    臭い臭いがするクサギ、いっぺん嗅いだら名前、覚えますね、食べれるそうですよ、葉っぱですけどね、若葉をゆでて和え物に。
    葉の臭いはイヤな臭いですが、この花の匂いは?全員で代わる代わる嗅いでみました、良い匂いでした、ジャスミンのような・・・白っぽい花はこの匂いで夜間に蛾を呼ぶそうです。
    仕組みは雌しべが下に下がって雄しべが前に出てる、蛾とか蝶が来るとT字型になった葯でどっちからでも揺れてくっつきやすくなって、雄しべがダメになったころ雌しべが開いて前に出てる、雄しべと雌しべの熟する時間をずらしている。
    「なかなか植物も考えてるなぁ、よ~できてるなぁ・・・」みんなの感想です。

    チヂミザサ(縮み笹)イネ科

    雌花,雄花、ノギを観察。

    チヂミザサのノギは秋になるとベタベタとくっつく、ほかの引っ付き虫はカギ型で引っ付き虫になるけど、コレはノギの先の細胞が溶け出してネバネバになる、いろんなとこにくっついて運ばせる戦略

    リョウブ(令法)リョウブ科


    森の中に「令法の谷」っと看板がありました
    「リョウブってこんな字なんやね」
    「決まり事によってこの木を家の近くに植えなさい」っという意味。
    飢饉に備えて若い葉を乾かして家の天井裏に保存していた。
    飢饉のときには、米などの穀類に混ぜて炊き、不足を補ったと言う。新芽を入れて炊いた飯をリョウブ飯と言う。

    キッコウハグマ(亀甲白熊)キク科

    閉鎖花、秋に花が咲くのがあるかもしれない。
    自分の中で自分の花粉をつけて受粉するため花は咲かない(ザンネン)

    池の周りをぐる~っと回り終えて元の場所まで戻るとナンバンギセルを見ました、ナンバンギセルは竹に寄生っとイメージがあったんですが、ヤブランのそばに居ました

    ナンバンギセル(南蛮煙管)ハマウツボ科


    水景園の入り口まで戻ってきて解散でした、暑い日でした、水分補給もしっかりしながらの観察会、普段水景園を散策しても短時間で回ってしまいがちですが、ジックリお話し伺いながらの観察会で植物たちが生きていくための戦略大いに学ばせていただきました。
    秋になったらクサギの実、ワタの実、ダンチクの穂、アメリカミズキンバイの種の様子、キッコウハグマの花に出会えるかも?等々、再びの水景園

    里棚田で撮りました
    ミゾカクシ                       ヒメコウホネ
     

    タカサブロウ                      セリ
     

    オモダカ


    山棚田で撮りました
    残りモノのカキツバタが凛と・・・
    カキツバタ(杜若)アヤメ科


    ホトトギス(杜鵑草) ユリ科


    ミゾソバ(溝蕎麦)タデ科:別名 ウシノヒタイ(牛の額)

    金平糖のようなかわいいお花

    森の中で出会いました
    ツルアリドオシの実


    ギンナガゴミグモ


    ミスジチョウ



    下草を食べてるヤギさんに出会えるそうです


    アオダイショウの幼蛇やそうです。



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    カラオケ大好き繋がりのMさんが
    「わんちゃんのblog読んでてね、blogの中の、ふうちゃんがとってもカワイイって、娘がね、言うのよ」
    「わぁ お嬢さんも読んでくださってるの?アリガトー 猫ちゃんがお好きなんやね?」
    「そうなの、ウチはネコ派家族なのよ、ところで、わんちゃんペット画って知ってる?」
    「ううん?ペットを描くの?」
    「何枚かの写真をもとに描くんやけど、ふうちゃんを描いてみたいなって娘がね」
    「ホンマに?」
    「それで、何枚か写真を預からしてくれない?」
    どれがいいかな?たくさんの画像の中からプリントして渡しました、何日かして
    「大人っぽいのより、幼い時の方が動きがあるように思うのよ、もう一回選んでみて」
    じゃぁ コレとコレかな・・・
    写真は2枚ともクリックで拡大します



    「わんちゃん いつもありがとう お約束してから、随分遅くなりました。こちらの都合でお待たせしましたので、コロちゃんもおまけ?につけたそうです。これは 日頃のお礼ですから、決して気を使わないでくださいね」



    「わぁ~~ カッワイイ」っと、途端にウルウルのわんちゃんでした。
    Mさん、お嬢さんに「アリガトー」って、ヨロシクお伝えくださいね。

    Mさんとはカラオケ大好き繋がりなんで、行きつけのカラオケ喫茶で、たまぁ~に「あら、来てたのね」みたいな・・・
    「ジュリー本人の ♪勝手にしやがれ♪ が聴いてみたいわ」っと何気に話してたら、お嬢さんがジュリーの大ファンでMDにダヴィングしてくださって「ハイこれ」
    わんちゃん的には熱心に聴きました、とうとう ♪勝手にしやがれ♪ 発表会で歌うことに。 ⇒こちら
    「私としてはジュリーなら ♪時の過行くままに♪ がオススメなんやけど、ぜひ練習して聴かせてね」っと、Mさんからの宿題、まだまだ、未完成、そのうち聴いてもらえるように・・・

    こんなこともありました、わんちゃん的には川中美幸さんの「花ぼうろ」は演歌っぽく歌える唯一の曲です「その曲のカップリングでコレがわんちゃんにはオススメ」っと・・・MさんがMDにダヴィング。
    「天空のペガサス」発表会で歌いました、今や十八番中の十八番。

    そんなワケで、お世話になってるのはわんちゃんの方なんです「Mさん、いつもありがとう、また、IKEDAでお会いしましょうね、いつも選曲がステキ、いい歌、歌われてますね楽しみです」

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  • 09/07/15--14:14: 太郎坊宮:2015.9.04

  • 「岩戸山~箕作山~太郎坊山」葯7k~シルバー健康ウォーキングの会~
    ≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫
    JR京都駅から新快速で近江八幡駅で下車、近江鉄道へと乗換えます。近江鉄道はICカードNO。
    硬券切符でしたパチンパチンっと。

    ホームで待っていた電車を見てビックリ!




    滋賀県警のラッピングカーです。このラッピンガ・カーは通称「パトカー電車」と呼ばれ、滋賀県警が「春の全国交通安全運動」キャンペーンの一環として、近江鉄道に依頼したもので、2012年4月6日から運行が開始されています。

    近江鉄道・市辺(いちのべ)駅で下車。ここからスタートです。

    阿賀神社を経て、万葉の森船岡山へ。

    公園の一角には、
    茜(あかね)さす 紫野ゆき 標野(しめの)ゆき  野守(のもり)は見ずや 君が袖ふる
      ~額田王 『万葉集} 巻1-0020

    《訳》茜色の あの紫草の御料地に行き
    番人が見ているかもしれないのに私に袖を振ったりしないでくださいな

    6月13日(旧暦5月5日)天智天皇の御代、この日は「薬猟(やくりょう)」の日とされていました。男性は薬になる鹿のツノをとるための狩猟を行い、女性は薬草を採るという・・・

    その様子のモニュメントが建てられています、

    また、この和歌が詠まれた場所です。

    近くの八幡神社の神饌田(しんせんでん)

    地元の方たちが丹精込めて育成中。
    八幡神社


    吽                    阿
     

    本殿


    岩戸山十三仏に到着。


    ここにある巨大な一枚岩に、聖徳太子が爪で十三体の仏像を刻んだと云われています、ハイキングコースのいたるところに十三仏の標識が立ってたんで「どの岩がその十三仏なんやろか?」とうとうソレらしき岩(磨崖仏)は見つけられませんでした。登山道の脇には大小のお地蔵さんは何十体も鎮座してたんですけど・・・、





    岩戸山頂上から、北方(琵琶湖方面)を眺望。

    更に尾根筋を進み、


    小脇山(標高373.6m)頂上 に到着です。

    三角点がありました。


    ここでお弁当タイム、わんちゃんたち数名はちょっと遅れて到着、先発組は昼食後のコーヒータイムの様子。

    お弁当してる目の前にナツハゼの実

    小脇山頂上からは眺望抜群、八日市市の町が見えました、緑の田んぼがパッチワークのようにキレイ・・・


    皆さんからちょっとずらして、箕作山(みつくりやま)に向けて出発です。ホツツジの花が満開でした。




    岩のすき間にミヤマママコナ




    太郎坊宮に向かう山道の途中に、赤神山(太郎坊山)山頂への分岐点がありました、Kさんは「赤神山山頂に寄ってからお宮さんに行くから先、行っといて」わんちゃんたち数名はもう太郎坊頂上へは元気なかったです。

    太郎坊宮(阿賀神社)
    本殿へは、またまた階段を上り切ったところ。




    約1400年前に創始されたと言い伝えられいます。勝運・厄除・開運・商売繁盛に御利益があり、天照皇大神の第一皇子神、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)を祀っています。本殿前にある夫婦岩という巨岩は、神力によって左右に開いたといわれ、巨岩信仰の中心となる岩で、この前を嘘つきな人が通ると途端に岩に挟まれてしまうといいます。(ちなみに皆さん無事通り抜けられましたよ)
    駅に続く通りに出るには740段余りある石段を下ります「下りは意外と足に来るよね」っとか言いながら注意深く石段の手すりを頼りに下ります。「そやけど、お参りするのにこの階段上るっとなるとシンドイやろなぁ」




    太郎坊宮の石の鳥居をくぐって、後ろを振り向きました、太郎坊山(赤神山)です。

    近江鉄道の太郎坊宮駅から近江八幡駅でJRに乗り換え京都駅から近鉄線へと・・・
    岩戸山、小脇山、箕作山など300m級の山ですが結構キツかったです、ふくらはぎの筋肉痛3~4日癒えませんでした。

    八日市市 マンホールの蓋

    テトラポット模様に、中央には八日市市の市章。
    汚水管マンホール

    登山道で

    アキノギンリョウソウ(ギンリョウソウモドキ)

    ヒカゲチョウ
     

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  • 09/10/15--15:17: 風に立つライオン





  • 僕の尊敬し、愛する医師がいる。
    酔った時に一度だけ彼が医師になった理由を聞いた。少年の頃、シュヴァイツアーに憧れたのだ。そうして、本当に医師となり、本当にケニアへ巡回医療の医師として出かけて行った。
    酔うと少しだけ 饒舌になる彼は、遠くを見る様に宙をみつめ乍ら、僕に大自然を語った。そんな時、いつも少年になる。
    彼は、極めて優秀な外科執刀医である。故に、人に生命に対して敏感である。人々の生と死の間の戦いを、共に戦うのだと彼は言う。
    仮に助かっても、それは医師が助けるのではなく、神様が助けるのだ、と彼は真面目な顔でいう。
    だから、助かろうという意思の無い人は、助けるのが困難だと。
    そうして、駄目な事だってある。その度に、たとえ、現代医学では、絶対に無理だ、と分かっていても、自分以外の人が執刀したら、もしかしたら助かったのではないか、と深く悔やむ人なのだ。
    もしも彼が言う様に、人が助けるのではなく神が助けるというなら、もしかすると、彼は天使なのではないかと思う事がある。
    それ程に彼は優しく、暖かだ。
    「僕はのたれ死ぬとです。」
    彼は、酔いが廻ると、そう独白く。
    生命の尊厳と常に対峙しているからこそ、神の領域に挑む不遜さを知っている。
    ケニアの大自然の中で、彼は神と共にあったのかも知れない。
    この歌は、そんな彼の青春の一片を歌おうとした。
    僕も、僕の草原の、風に向かって立つライオンでありたい。
    この歌を、宮崎医科大学の柴田紘一郎先生に

    さだまさし CDアルバム:夢回帰線(1987年)ライナーノートより

    この「風に立つライオン」のモデル柴田紘一郎さん70年代前半ケニアに派遣され現地で医療に携わった医師、柴田先生は、さださんのお父さんの親友でした。さださんが二十歳の頃、運命の出会いを果たします、柴田先生が語るアフリカでの体験に衝撃を受けました。柴田先生との出会いから1年後にさださんはデビューしヒット曲を次々と生み出します、、しかし、心には柴田先生のアフリカを歌にしたい、という思いが常にありました。1987年さださんが35歳の時に発表した「風に立つライオン」柴田先生との出会いから実に15年が経っていました。
    俳優の大沢たかおさんは、「風に立つライオン」この歌に込められたメッセージを映画にしたい、さだまさしさんに「原作を書いてほしい」と直談判されたそうです。
    去年、彼は1か月にわたりケニアに滞在してアフリカを舞台にした映画の撮影に臨まれたのです。

    それから1年、今春、映画は公開されました。


    大沢たかおさんは「さださんから受け取ったメッセージは多くの人に届けることができ、役者として使命を果たせたと感じております。」っと、お話しされてます。
    さらにまた一人この歌に背中を押され夢に向かう若者が居ます.
    「国際医療に貢献したい」という夢を持ち柴田先生と同じ長崎大学に入学、しかし自分の選んだ道を信じていいのか?時に悩んだ学生時代。
    21歳の時出会ったのが「風に立つライオン」でした。
    今年、青年海外協力隊に合格、派遣先はかって柴田先生が向かったケニアです。
    これから2年間自分の夢を実現させるためケニアに向かって旅立つ若者・・・

    さださんは「世界中で頑張る日本人を応援するような、この歌をきっかけに、そういう働きができたら最高だなっと今思います」

    44年前柴田先生がアフリカでともした情熱の炎は歌となり映画となり人から人へ受け継がれてきました。今もこの歌は世界中のどこかで戦う誰かの支えになっています。

    大沢たかおさんSONGS“さだまさし生きることの意味を問う”より







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    9 月植物観察会のご案内
    昨年に引き続き9月観察会は南山城村から笠置までのハイキングコースを歩きます。このコースには沈下橋や甌穴(おうけつ)が見られるユニークな場所があります。イワタバコやミズギボウシなどと出会えるでしょうか。暑い夏が続きましたが、秋は確実に、近づいてきています。秋の草花は出番を待っているでしょうか。楽しみですね。久しぶりに、お弁当持参の観察会になりますが、大勢の皆さまのご参加をお待ちしています。
    (やましろ里山の会からのお知らせ)

    JR大河原駅で降りて沈下橋を渡り、

    いつもの観察コースに向けて歩き始めます。

    例年なら残暑が厳しい時期なのに今年は時折、さぁ~っと涼しい風が・・・っと快適な観察会日和でした

    このコースは
    2010.9.11⇒こちらと2014.9.13⇒こちらの観察会に参加してます。
    「気になるお花たちはどうしてるかな?」「あっ!居た、居た、よかったぁ~」っと・・・

    ウチの近所の堤防(木津川)で今、群生しているのはアレチヌスビトハギ、観察道ではヌスビトハギが所々に群生してました。



    ヌスビトハギの和名は、果実が泥棒の足跡に似ると言う。奇妙に聞こえるが、牧野富太郎によると、古来の泥棒は足音を立てないように、足裏の外側だけを地面に着けて歩いたとのことで、その時の足跡に似ている由。これは牧野富太郎による説で、フジカンゾウの別名がヌスビトノアシであることからの類推とのこと。他方で、『ヌスビト』が気づかないうちにその種子が人に取り付く性質を述べたとの説もある⇒wikipedia

    植物って動くんやなっと思ったこと・・・
    イワタバコ                     イワタバコ若い実

                       
    2010年の時 ⇒こちら山からの水が小さな滝のように流れているそばの岩に、見事に群生していました
    ところが2014年にはちょっと事情が違ってました、2010年に観察した場所には、少ししか咲いてなくって、ちょっと離れた山の斜面の岩に結構咲いてました。
    今年は?っとなると、小さな滝の岩場には3~4株残ってるだけで山の斜面の方が株が多かったです。

    ハイキングとして歩くのならささっと歩いてしまう道も、あっちの花こっちの花と出会う花ごとに観察したり写真撮ったりしてると「お昼までに甌穴(おうけつ)に到着出来ひんよ~」っと、先頭集団から声がしてました。

    でもでも、二色のゲンノショウコ


    ミズギボウシ(水擬宝珠)       ヤマジノホトトギス
     

    ミズヒキ


    ミズタマソウ                   ヤブミョウガ
     

    ボタンヅル


    ママコノシリヌグイ               ハシカグサ
     

    ハグロソウ                   ヒヨドリバナ
     

    スズメウリ
     

    シュウブンソウ                    アキチョウジ
                 
    等々じっくり撮りたい・・・

    あわただしく観察、撮影しながら何やらいわれのあるお地蔵さんなんかも横目に見ながら・・・








    甌穴(おうけつ)群でお弁当したのは1時をとっくに過ぎてました。


    お弁当タイムが終わってからは、あんまり寄り道もなしにJR笠置駅に到着、列車の時間待ちに駅のそばの笠置産業振興会館内の喫茶店で全員でお茶タイム(暑い日のホットコーヒー美味しかった・・・)
    「28分に乗るんだったらそろそろですよ、乗り遅れたら1時間来ませんからね」っと教えていただいて15時28分の列車で帰路につきました。
    「ずっと秋に観察会なんで時季を変えて春なんかもよさそうやね」「そうね、春にまた来ようよ」

    花に来ている虫たちも
    ザトウムシの仲間


    ミドリヒョウモン♀                               ヒメウラナミジャノメ
     

    オナガサナエ



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  • 09/19/15--08:00: 植物観察会:2015.9.13
  • 平成27年度 京都府自然観察指導員等研修会
    1.自然観察指導員講習会の受講者
    2.府内で自然観察会などを開催している団体のメンバー
    3.今後、自然観察会や探鳥会、見学会などを開催しようと考えておられる方
      ↑ の中でわんちゃん的には2.の理由で参加でした。
    午前中は京都の植物に関する講演&質疑応答(講師:光田重幸先生)
    午後は自然観察の野外実習(講師:自然観察指導員京都連絡会メンバー)

    林道を歩きながらの植物観察です。


    アケボノソウ(曙草)リンドウ科




    さらさら~~と水が流れてる小さな川のすぐそばで咲いていました。
    淡黄緑色の斑紋が蜜腺、虫は後ろ向いて蜜に集る、足に花粉が付いて運ぶ・・・のがこの花の戦略。
    夜明け(あけぼの)の時に空に星が残ってる、その星のイメージが花びらの黒い点々・・・

    チャの実

    石で擦ってみたら?アレレ!! 
    もうちょっと時間が経ってからは、お猿のように赤く変色してました。

    カリガネソウ(雁草、雁金草)シソ科

    臭い(くさい)臭い(におい)が特徴。山の斜面に群生してました。

    ミヤコミズ(都みず)イラクサ科 京都府:絶滅危惧種


    「タニジャコウソウがそろそろですよね?」っと林道の両脇をじぃ~っと見つめながら歩くのですが、一向に姿が見えてきません。4~5株しか見つかりませんでした。
    「え~~っまさか・・・」ビックリです。
    奥にある 大滝の神事で林道脇の草花を刈り取ったということやそうで、タニジャコウソウも見事に刈り取られていました。
    また一方では「盗られたらしい・・・」という事実も拭いきれません、「大勢で来て持ち帰ったようです、あんだけあって、わんさかあったのに何にも無い、6~70株はあった、持って帰ったって育たないと思うんだけどね・・・」
    「悲しいわ、あんだけあったのに、これだけやなんて・・・」と、みんなの思い。
    タニジャコウソウは2012年まで京都府では絶滅種と登録されてました、2012年にこの地で所在が確認されて ⇒こちら
    絶滅寸前種に登録し直されたんです。来年ここへ来たらいっぱい元気な姿を見せてくれるでしょうか?

    タニジャコウソウ(谷麝香草) シソ科


    アカソ(赤麻)イラクサ科               
     

    カラスザンショウ(烏山椒)ミカン科
     

    イノコズチのやじろべえ


    ベニバナボロギク           ハシカグサ


    シュウブンソウ
     

    マツカゼソウ
     

    ミズタビラコ                 ミゾホオズキ   
     

    マムシグサの仲間


    ヤブマメ


    ススキ


    ススキに居ました

    カラスゴミグモ
            
    ベニバナボロギク(紅花襤褸菊)キク科
    ハシカグサ(麻疹草)アカネ科
    シュウブンソウ〈秋分草〉キク科
    マツカゼソウ(松風草)ミカン科
    ミズタビラコ(水田平子 )ムラサキ科
    ミゾホオズキ(溝酸漿 )ハエドクソウ科
    マムシグサ(蝮草) サトイモ科
    ヤブマメ(藪豆) マメ科
    ススキ(芒、薄)イネ科

    カラスアゲハの幼虫
     

    ガガンボの仲間


    シーボルトミミズ

    どっちが尻尾?どっちがアタマ?触ったらどんなカンジ?ネバネバしてるん?
    「PCの待受にしようかな?」との声が後方から「えっ!え~~っ!!」

    ヒグラシの抜け殻
     





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      ≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫  
    京都府立大学精華キャンパス:産学公連携研究拠点施設(旧花空間けいはんな)
    精華町役場北玄関⇒逆修の碑⇒武内神社⇒鞍岡神社⇒京都府立大学精華キャンパス(昼食)⇒竹林の道⇒役場北玄関

    役場から歩き始めて「神の園」まで・・・
    「神の園」辺りは「いちごサロン」の日は車ですぅ~っと通り抜ける坂道、あっという道だけど、歩けばシンドイ感はイナメナイ・・・

    左手、前方に北稲八間の共同墓地、


    その中に石造の五輪塔が十四基、真ん中には「石仏地蔵」が立っている。

    これらを総称して「逆修(ぎゃくしゅ)の碑」。

    「逆修(ぎゃくしゅ)」とは親が子に先立たれ、その後世を弔うことをいう。」と墓地の説明板にはありましたが「生前に死を覚悟した人や、若くしてなくなった子への弔い」を意味する・・・
    「逆修」から日本初の自治の戦いとして有名な 山城国一揆との関連が指摘されていると教えていただいたのですが、わんちゃん的にはイマイチ理解できてません。
    1537年(天文六年:足利時代)丁酉(ひのととり)十二月二十四日 建立
    下から、地輪は方形(六面体)、水輪は球形、火輪は宝形(ほうぎょう)屋根型、風輪は半球形、空輪は宝殊型 :花崗岩製

    武内神社 


    1317年(室町時代)建立。再来年は武内神社700年祭をしようと只今準備中。
    武内神杜はその名の通り、南山城に強い関連性を持つ 「武内宿禰(たけうちのすくね)」を主祭神とする古社です、ちなみに武内宿禰は明治22年から昭和20年ころまで一円札の肖像画になっています。
    石清水八幡宮は応神天皇がお祀りしてあります、武内宿禰(たけうちのすくね)は応神天皇に仕えたことで石清水八幡宮とは深い関わりがあり、石清水八幡宮の本殿の向かって右側に武内神社が特別にお祀りされてあります。昭和20年までは武内神社のお祭りの際には石清水八幡宮からお使いの人がお供えを持って来られた・・・とか。昭和21年からは途絶えてます。
    武内神社の建築様式の特徴としては、割り拝殿の真ん中が高くなってます、昔は位の高い人が馬に乗ったままでも入れるようにっということで、馬の高さに合わせて真ん中が高くなってます
    武内宿禰(たけうちのすくね)が武将であったということで体育系の勝運祈願に人気があるようです。
    もう30年以上続いている行事でお祭りの宵宮(11月2日)に小さな子たちが、お神楽を奉納する様は感動モンやそうです。
    ここの神社は氏子さんたちが熱心に維持管理されててとても美しい状態で保たれています、ちょうどご婦人が一生懸命ちっちゃなちっちゃな草を丁寧に抜かれてました、「よぉ~お参りしてくださったねぇ」っとおっしゃってくださいました。
    北稲八間の狭い通りを歩き、谷地域を通り抜けたとき家の敷地内の土蔵の蔵印に用いられている家紋に「おたふく」を見かけました。



    鞍岡神社の階段を見上げて「ここで待ってる」派が何人かいはりました。

    鞍岡神社から京都廣学館高校の横を通り陸上自衛隊祝園分屯地の門前を右折、京都府立大学農学部精華キャンパスへ・・・
    ここは「旧花空間けいはんな」の跡地に整備された施設で、植物工場、研究棟等が有り、大学発ベンチャーや新産業の創出に取り組んでいる。展望台、広場、蓮池が一般公開されています。(建物、温室入場禁止)



    ここでお弁当タイム、広々としたキャンパス内はわんちゃんたちの団体だけで時折吹き抜ける風が爽やかに感じるほど静かなもんでした。
    午後は自衛隊祝園分屯地の門前を左折して、少し歩いたところで右側に入り竹林の道を歩きました。



    皆さんたちはさっさと歩いていかれるのですが、虫やら、可愛い花やらっと、わんちゃん的にはカメラをつい向けたくなる、そんな場所でした。
    竹林の道を抜けると谷地域でした。
    「武内神社のそばに土蔵の蔵印に龍が見えるウチがあるって聞いたんですけど?」散歩されてるそこの地域の方にお尋ねしても「さぁ~~知りまへんなぁ」
    一筋西側の通りを歩いていた一行が見つけはったようで、わんちゃんも見に行きました。


    「おたふく」といい「龍」といい土蔵の蔵印にどんないわれがあるのかなぁ・・・

    とか思いながら歩いていると終点の役場北玄関に着きました。

    全員でクーリングダウンのストレッチ体操、もちろん歩き始めにウォーミングアップのストレッチ体操(ぶらぶら体操)も欠かせません。
    「来月も、いきいきウォーキングで会いましょうね」を合言葉に解散でした。
    実質歩行時間 約3時間 歩行距離 約9.5km (15,000歩)


    マメアサガオ                            マルバルコウソウ
     

    ヒヨドリジョウゴ


    クコ                               クズ
     

    ツリガネニンジン


    アレチヌスビトハギ        アキノノゲシ
      

    メドハギ                   アメリカセンダングサ
      

    モンキアゲハ
     

    クサギカメムシの4齢幼虫

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  • 09/28/15--17:49: スーパームーン

  • 2015年9月28日 22:30


    2015年9月28日 スーパームーンとネット検索するとヒットしたのはいっぱい。
    厳密には28日の午前10:00~11:00やそうです。
    昼間なんでちょっと見れません、昨夜の十五夜の月が一番大きかったそうです。

    わんちゃん的には十五夜よりも十六夜の月の方が好きなんですわ・・・
    夕方6時30分頃、コロちゃんと散歩に出た時のお月さんはキレイかったので「撮らなくっちゃね」っと思いました。
    寝しなにコロちゃんと散歩に出たら、な・なんと雲がかかってるやないですか、ガックリ!!!




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    愛知県半田市矢勝川堤の彼岸花、すぐそばに新美南吉記念館があります。行ってきました。
    きっかけは2012年10月5日絵手紙繋がりのMさんからの

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    秋の便りもちらほら聞かれる季節になりましたが、まだまだ暑い日が続いております。
    今月の「いちごサロン」は「つまみ細工の壁飾り」と「茶話会」を行います。皆様のご参加をお待ちしております。(自治会からの回覧板で)

     つまみ細工って?⇒こちら 



    わんちゃんが用意したギンガムチェックの布は折り返したりの細工をしてもボワ~~ンと、元に戻りそうになりなかなか細工できません、お隣の席のTさんが「コレ使いよし、紫とピンクの好きな方選んで、折りたたんでも、なじみやすいよ」和の布切れ縮緬はつまみ細工にピッタリでした。





    茶話会タイムにお話を伺うと「私な、手芸が大好きでんねん」(ナルホド手際よく仕上げておられました)「私、何歳に見える?」「70代後半ですか?」「いやいや、86歳」ウ~~ン・・・
    「手先を使うことは、ええことなんやで」ともおっしゃってました。

    つまみ細工の壁飾り


    「ケアハウス神の園」のお庭で
    オシロイバナ(白粉花)                 サンジソウ(三時草)
     
    オシロイバナとサンジソウ⇒こちら


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  • 10/07/15--08:00: 秋海棠・しめじ
  • 絵手紙繋がりのHさんとは今はグラウンドゴルフ繋がりになってます。
    絵手紙教室に通ってた頃「グラウンドゴルフの経験は?」「ううん、全然」「じゃ、いっぺんお試し体験にいらっしゃいよ」
    わんちゃんが所属のクラブの練習にちょくちょく来はるようになりました。
    「近所にクラブがあるので、登録したのよ」っと。
    「Hさんは若い頃テニスをしていたというだけあってなかなか筋がいいよ」と、そこのクラブの先輩がおっしゃってます。
    そんなある日「ねぇ、絵手紙やってる?」「道具はそのまま置いてるねんけど、ウチではなかなか道具広げてやる気にはなれへんねん」「どこか、場所借りて二人で始めへん?」
    2~3ヶ所思い当たる場所があるのですが2時間ほど借りるとなると・・・
    「ウチの地域の集会所、使えるみたいよ、いっぺん聞いてみるは」っとHさんの提案で場所が決まりました。

    まず、1回目のモチーフは身近なものを持ち寄りました。
    Hさんは「そろそろ鍋が恋しい季節になったっということで“しめじ”をね」
    わんちゃんは庭に咲いてた秋海棠を。
    秋海棠というと思い出しますあの風景 こちら 

    テーブルの上に道具を広げて墨をすります「墨をする時の香りが良いよね、懐かしいなぁ」とかいいながら、わんちゃんはキモチ薄目が好みなんです、新しい筆をおろして、半紙にまず線描きから・・・っと、教室で習ってた時のような段取りで。



    「もともと、私はあんまり絵が上手くはないんです、自信を持って言えます、そんな私でも絵手紙描けるでしょうか?」「ダイジョウブ!描きたいキモチさえあれば、だれでも描けますよ」っというのが習い始めた頃。
    「ヘタがいい、ヘタでいい」っというコンセプトなんですね、絵手紙の大御所:小池邦夫さんの弁。
    何年間か絵手紙習ってて「やっぱりヘタなんはアカンやろ」っという思いでいったんはやめたんだけど、
    グラウンドゴルフでHさんに会うようになって、またちょっとやってみようかな・・・
    「上手に描かなくては」というキモチ捨てて、わんちゃんだけにしか描けないものを、心をこめて描く、なんやたいそうに思えますがそんなキモチで再開です。

    今年の夏、暑い盛りに美代ちゃんからの絵手紙です

    (妹なんです、彼女絵手紙上手いんですよ)

    血液サラサラ、安眠確保の玉ネギ料理を一品(野菜炒めとか、カレーとか)マイブームです。
    大暑が過ぎて、夏真っ盛り。水分補給と無理はしないでまったりといきましょう・・・(みよこ)

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     ≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫ 
    ふるさと案内人と行く『せいか小さな旅』は『22日の9時』集合です!!
    「どこ行かはるのですか?」「ハイ、ちょっとそこまで・・・」

    第25回 せいか小さな旅
    里巡り江戸時代の「南山城三十三所巡礼の道in井手」
    「南山城三十三所」は精華町、京田辺市、井手町、木津川市にわたり存在します。
    江戸時代には こちら
    江戸時代に存在した南山城の観音霊場です。明治の廃仏毀釈で半分ほどの寺院が失われましたが、観音像は他の寺院に移った場合が多いです。

    二十五番:東福寺跡 二十六番:栄福寺 二十七番:観音寺と巡る予定。
    実はこの3ヶ寺ともお寺がないです、無くなってます(廃寺)が近くのお寺で仏様は引き継がれている、ということで・・・
    JR祝園駅集合、受付。JR玉水駅前でストレッチ体操後出発です。



    井手町ふるさと案内人さんにも参加していただきました。詳しいお話が伺えそうです。

    蛙塚にちょっと寄り道
    (クリックで拡大します)




    大字井手水無地区の玉川保育園の裏側に小さな石碑があります。

    鴨長明の「無名抄」には、「井手の蛙は大きさが普通の蛙と同じくらいであるが、色は黒くさほど飛び歩かずいつも水の中にいて、夜がふけるとその泣き声は清らかで、人の心をしみじみとさせる」と記されています

    ★色も香もなつかしきかな蛙なく井手のわたりの山吹の花:小野 小町
    現代語訳:色の香りも慕わしいなあ。蛙が鳴く井手のあたりの山吹の花よ

    ★音にきく井手の山吹見つれども蛙の声は変わらざりけり:紀 貫之
    現代語訳:うわさに聞いている井手の山吹を素晴らしいと見たけれど、ここの蛙は井手の花に応じた声ではなかった。蛙の声はどこも変わらぬものだなあ

    ★声高み蛙なくなり井手の川岸の山吹今は散るらむ:源 実朝
    現代語訳:声高なので蛙の鳴くのがよく聞こえてくる。井手の川岸では山吹が今散っているのだろうか。



    わんちゃんの手元に「伝えたい残したい古典の宝庫『井手百首』」:小川栄太郎/編著 があります。
    その中に井手の蛙を歌ったのが23首ありました。
    多くの都人が詠んでいるのですが、わんちゃん的に印象に残ってる井手の蛙を詠んだ↑の3首をチョイスしました。

    ちなみに山吹を詠んだのは76首あります。

    水無 二十五番 東福寺跡


    かつての水無村東福寺が、明治5年廃寺となり西福寺と合併し、什宝類が引き継がれている。
    明治期の記録によると、東福寺跡は玉井寺跡等と合地して井手小学校となった。その後小学校は室戸台風の被害を受けて石垣へ移転し、現在は玉川保育園となっている。継承寺院の西福寺本堂は宝暦年間の建築、本堂内東脇の仏たちが安置されている中に、東福寺の「一尺三寸」の聖観音と思われる仏像がある

    井堤寺(いででら)故跡


    奈良(天平)時代、聖武天皇の勅願によって、上井手の地に橘諸兄(たちばなのもろえ)が氏寺として建立した寺で、四方200m以上の寺域であったと推定されている。西方浄土を形づけようと境内はじめ借景となる玉川ほか一帯に、「黄金の花」ヤマブキを彩ったという。橘諸兄は井手左大臣と呼ばれ、この地を根拠地として天平の国政を担った要人である。
    井堤寺は応仁の乱の頃失われたと考えられ、現在発掘調査が行われていて、寺跡からは当時の瓦や石敷等が出土されている。

    井手山 二十六番 永福寺
    かつての永福寺は、上井手の地蔵院付近(現在の駐車場)にあった。地蔵院の記録によると、当院は白鳳の頃橘諸兄の草創で、寛永の頃復興、江戸中期には末寺一八ヶ所もあり、門前永福寺もその一つ。
    玉津岡神社にあった千手観音は、明治初期の神仏分離政策で、地蔵院へ移った。その後明治14年5名の発起人が観音修繕の寄付を呼びかけ、修復を終えた。地蔵院境内に「文永十二年建立之 永福寺」銘の石灯篭がある。


    地蔵院の境内から井手町を臨む

    石垣 二十七番 観音寺
    廃寺跡は未だ確定できていない。
    石垣村の観音寺は、二十六番井手山永福寺より「十丁」の場所といわれていることから、現在の石垣地区でもかなり東よりの地かと思われる。江戸時代、椿井平群廣雄の模写した古絵図の、石垣里には八幡宮の東に「観世音寺観音堂」が描かれている。
    明治六年十一月に廃寺となったため什宝物は西福寺に引き継がれた。
    「十一面観音 厨子入り 本観音寺分壱体」という記録の通り、「三尺五寸」の観音さんは、廃寺となった玉井寺や東福寺の仏像群とともに、安置されている。

    西福寺












    せいか小さな旅でいただいたパンフレットを参考にしました、そのパンフレットには
    ★山城町 古文書サークル 如月会『江戸時代の南山城三十三所を訪ねて』より引用とありました。

    明治維新、この国は神の国っと・・・
    それからは明治の廃仏毀釈で多くの寺院が失われました。大切な什宝類は近くの寺院に移されたりしました。太平洋戦争後、この国が神の国ではないとなり・・・
    考えると「なんと・・・」としか言いようがありません

    民家の塀越しや道端に咲いていたお花たち
    ヤマブキ                    ヤナギハナガサ
     

    ヒガンバナ


    ハギ                        シュウメイギク
     

    カキドオシ                    アメリカセンダングサ
     

    アレチヌスビトハギ
     

    この実の名前は?その葉
     

     

    井手町:汚水管マンホールの蓋

    ・町の花ヤマブキと井手の井がデザインされている。

    京田辺市:汚水管マンホールの蓋

    市の花ヒラドツツジと、中央に市章がデザインされています。
    下部に「ひらどつつじ」「おすい」と書いてあります。
    市章は、京田辺の田の文字をかたどり、丸い円は市民の融和を意味し、
    横に突き出た部分は無限にのびゆく京田辺市を表現したものである。

    木津川に架かる玉水橋を渡ると京田辺市です。まっすぐ歩いて近鉄線三山木駅から帰路につきました

    【おまけ】
    お寺参りをしていて境内に神社をお祀りしてるのが不思議に思ったことがありました。そして多くのお寺が廃寺になったという事実を知ってビックリした記憶があります。今回南山城三十三所のお話を伺って「そうなんですか」っと。
    そのワケは明治維新の頃、明治5年、南山城三十三所の半分が廃寺となっている。そのため巡礼もだんだんと廃れていったものと思われる。精華町の数箇所の寺院もこの時期廃寺となっている。このように多くの寺院が廃寺となったのは明治維新政府が神仏分離令の公布により「神と仏を分けなさい」それまでは神社にお寺が有り、寺に神社があり・・・住職さんが神社の面倒をみていた、地方にある神社は神主さんが不在状態でした。神仏分離令というのは王政復古(天皇制)で祭政一致(さいせいいっち)「祭」は祭祀,「政」は政治で,宗教的権威に基づき,司祭者が政治権力を保持する神政政治をさす。
    全国的に廃仏毀釈運動が起こった。仏教の排斥、寺院、仏像、仏具などの破壊などにより多くのお寺が廃寺となった。この時代より日本の国は神の国となっていった。第二次大戦への突入により、第二次大戦後この国は神の国ではなくなった。


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  • 10/17/15--04:30: ごんぎつね

  • ご ん ぎ つ ね

    新美 南吉 (にいみ なんきち) 作   黒井健 (くろいけん) 絵


     これは、私が小さいときに、村の茂平(もへい)というおじいさんからきいたお話です。
     むかしは、私たちの村のちかくの、中山(なかやま)というところに、小さなお城があって、中山さまというおとのさまが、おられたそうです。
     その中山から少しはなれた山の中に、「ごん狐」という狐がいました。ごんは、一人ぼっちの小狐で、しだのいっぱいしげった森の中に、穴をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出て来て、いたずらばかりしました。はたけへはいって芋をほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓(ひゃくしょう)家の裏手につるしてあるとんがらしをむしりとって、いったり、いろんなことをしました。



     ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたその間、ごんは、外へも出られなくて、穴の中にしゃがんでいました。
     雨があがると、ごんは、ほっとして穴からはい出ました。空はからっと晴れていて、百舌鳥(もず)の声がキンキンひびいていました。
     ごんは、村の小川の堤まで出て来ました。あたりの、すすきの穂には、まだ雨のしずくが光っていました。川は、いつもは水が少ないのですが、三日もの雨で、水がどっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきや、萩の株が、黄いろくにごった水に横だおしになって、もまれています。ごんは、川下の方へと、ぬかるみみちを歩いていきました。



     ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。ごんは、見つからないように、そうっと草の深い所へ歩きよって、そこからじっとのぞいて見ました。
     「兵十(ひょうじゅう)だな。」と、ごんは思いました。兵十は、ぼろぼろの黒い着物をまくし上げて、腰のところまで水にひたりながら、魚をとる、はりきりという、網をゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるい萩の葉が一まい、大きな黒子(ほくろ)みたいにへばりついていました。
     しばらくすると、兵十は、はりきり網の一ばんうしろの、袋のようになったところを、水の中からもちあげました。その中には、芝の根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃはいっていましたが、でも、ところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふというなぎの腹や、大きなきすの腹でした。兵十は、びくの中へ、そのうなぎやきすを、ごみといっしょにぶちこみました。そして又、袋の口をしばって、水の中へ入れました。
     兵十は、それから、びくをもって川から上がり、びくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。



     兵十(ひょうじゅう)がいなくなると、ごんは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。ごんはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきり網のかかっているところより下手の川の中をめがけて、ぽんぽんなげこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中にもぐりこみました。



      一ばんしまいに、太いうなぎをつかみにかかりましたが、何しろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。ごんは、じれったくなって、頭をびくの中につっこんで、うなぎの頭を口にくわえました。うなぎは、キュッと言って、ごんの首へまきつきました。そのとたんに兵十が、向こうから、
    「うわア、ぬすと狐め。」 と、どなりたてました。ごんは、びっくりしてとびあがりました。うなぎをふりすててにげようとしましたが、うなぎは、ごんの首にまきついたままはなれません。ごんは、そのまま横っとびにとび出して、いっしょうけんめいに、にげていきました。
     ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえって見ましたが、兵十は追っかけては来ませんでした。
     ごんは、ほっとして、うなぎの頭をかみくだき、やっとはずして、穴のそとの、草の葉の上にのせておきました。



     十日ほどたって、ごんが、彌助(やすけ)というお百姓の家の裏をとおりかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、彌助の家内が、おはぐろをつけていました。鍛冶屋の新兵衛の家のうらをとおると、新兵衛の家内が、髪をすいていました。
    ごんは、「ふふん、村に何かあるんだな。」と思いました。
    「何だろう、秋祭りかな。祭りなら、太鼓や笛の音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりが立つはずだが。」
     こんなことを考えながらやって来ますと、いつの間にか、表に赤い井戸のある兵十の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、大勢の人があつまっていました。よそいきの着物を着て、腰に手拭をさげたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きな鍋の中では、何かぐづぐづ煮えていました。
     「ああ、葬式だ。」と、ごんは思いました。
    「兵十の家のだれが死んだんだろう。」



     お午(ひる)がすぎると、ごんは、村の墓地(ぼち)へ行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根瓦が光っています。墓地には、ひがん花が、赤い布(きれ)のようにさきつづいていました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘が鳴って来ました。葬式の出る合図です。
    やがて、白い着物を着た葬列のものたちがやって来るのが、ちらちら見えはじめました。話声も近くなりました。葬列は、墓地へはいって来ました。人々が通ったあとには、ひがん花が、ふみおられていました。
     ごんは、のびあがって見ました。兵十が、白いかみしもをつけて、位牌(いはい)をささげています。いつもは、赤いさつま芋みたいな元気のいい顔が、きょうは何だかしおれていました
     「ははん、死んだのは、兵十のおっ母(かあ)だ。」
    ごんは、そう思いながら、頭を引っこめました。



     その晩、ごんは、穴の中で考えました。
    「兵十(ひょうじゅう)のおっ母(かあ)は、床についていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで、兵十が、はりきり網を持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎをとって来てしまった。だから、兵十は、おっ母(かあ)にうなぎを食べさせることが出来なかった。そのまま、おっ母(かあ)は、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。ちょッ、あんないたずらしなけりゃよかった。」



     兵十(ひょうじゅう)が、赤い井戸のところで麦をといでいました。
     兵十は、今までおっ母(かあ)と二人きりで、貧しいくらしをしていたもので、おっ母(かあ)が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。
    「おれと同じ、一人ぼっちの兵十か。」
    こちらの物置の後ろから見ていたごんは、そう思いました。



     ごんは、物置のそばをはなれて、向こうへいきかけますと、どこかでいわしを売る声がします。
    「いわしのやすうりだァい。いきのいい、いわしだァい。」
     ごんは、そのいせいのいい声のする方へ走っていきました。と、彌助(やすけ)のおかみさんが、裏戸口から、「いわしをおくれ。」と言いました。いわし売りは、いわしのかごを積んだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るいわしを両手でつかんで、彌助のうちの中へもってはいりました。ごんは、そのすきまに、かごの中から五、六ぴきのいわしをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、兵十のうちの裏口から、うちの中へいわしを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。途中の坂の上でふりかえってみますと、兵十がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。
     ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。



     次の日には、ごんは山で栗をどっさりひろって、それをかかえて兵十(ひょうじゅう)の家(うち)にいきました。
     裏口からのぞいて見ますと、兵十は、午飯(ひるめし)をたべかけて、茶わんをもったまま、ぼんやりと考えこんでいました。へんなことには、兵十の頬(ほっ)ぺたに、かすり傷がついています。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとりごとをいいました。
    「いったい、だれが、いわしなんかを、おれの家(うち)へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、盗人と思われて、いわし屋のやつにひどい目にあわされた。」
    と、ぶつぶつ言っています。
     ごんは、これはしまったと思いました。かわいそうに兵十は、いわし屋にぶんなぐられて、あんな傷までつけられたのか。
     ごんはこうおもいながら、そっと物置の方へまわって、その入口に、栗をおいてかえりました。



     つぎの日も、そのつぎの日も、ごんは、栗をひろっては、兵十の家(うち)へもって来てやりました。その次の日には、栗ばかりでなく、まつたけも二、三本、もっていきました。



    月のいい晩でした。ごんは、ぶらぶら遊びに出かけました。中山さまのお城の下を通って、すこしいくと、細い道の向こうから、だれか来るようです。話声が聞こえます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。
     ごんは、道の片がわにかくれて、じっとしていました。話声は、だんだん近くなりました。
     それは、兵十と、加助(かすけ)というお百姓でした。
    「そうそう、なあ、加助。」と、兵十が言いました。
    「ああん?」
    「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ。」
    「何が?。」
    「おっ母(かあ)が死んでからは、だれだか知らんが、おれに栗やまつたけなんかを、まいにちまいにちくれるんだよ。」
    「ふうん、だれが?」
    「それがわからんのだよ。おれの知らんうちに、おいていくんだ。」
     ごんは、二人のあとをつけていきました。
    「ほんとかい?」
    「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。その栗を見せてやるよ。」
    「へえ、へんなこともあるもんだなァ。」
     それなり、二人はだまって歩いていきました。



     加助がひょいと、後ろを見ました。ごんはびくっとして、小さくなってたちどまりました。加助は、ごんには気がつかないで、そのままさっさとあるきました。吉兵衛(きちべえ)というお百姓の家(うち)まで来ると、二人はそこへ入っていきました。ポンポンポンポンと、木魚の音がしています。窓の障子にあかりがさしていて、大きな坊主頭がうつって動いていました。
    ごんは、
    「おねんぶつがあるんだな。」と思いながら、井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また、三人ほど人がつれだって、吉兵衛の家(うち)へはいっていきました。お経を読む声がきこえて来ました。



     ごんは、おねんぶつがすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。兵十と加助は、またいっしょにかえっていきます。ごんは、二人の話をきこうと思って、ついていきました。兵十の影法師をふみふみいきました。
     お城の前まで来たとき、加助が言い出しました。
    「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神様のしわざだぞ。」
    「えっ?」と、兵十はびっくりして、加助の顔を見ました。
    「おれはあれからずっと考えていたが、どうもそれや、人間じゃない、神さまだ。神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんな物をめぐんで下さるんだよ。」
    「そうかなあ。」
    「そうだとも。だから、毎日、神様にお礼を言うがいいよ。」
    「うん。」
     ごんは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが栗やまつたけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、神様にお礼をいうんじゃァ、おれは、引き合わないなあ。



     そのあくる日も、ごんは栗をもって、兵十(ひょうじゅう)の家(うち)へ出かけました。兵十は、物置で縄をなっていました。それで、ごんは、家(うち)の裏口から、こっそり中へはいりました。 
     そのとき兵十は、ふと顔を上げました。
    と、狐が家(うち)の中へはいったではありませんか。こないだ、うなぎをぬすみやがったあのごん狐めが、またいたずらをしに来たな。
    「ようし。」
     兵十は立ち上がって、納屋にかけてある火縄銃をとって、火薬をつめました。





     そして、足音をしのばせてちかよって、今、戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。 ごんは、ばたりとたおれました。 兵十(ひょうじゅう)はかけよって来ました。家(うち)の中を見ると、土間に栗が、かためて置いてあるのが目につきました。
    「おや。」と兵十は、びっくりして、ごんに目を落としました。
    「ごん、お前(おまい)だったのか、いつも、栗をくれたのは。」
     ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
     兵十は、火縄銃をばたりと、とり落としました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。


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     ≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫ 
    いきいき健康ウォーキング

    橿原神宮前駅(東口)⇒甘樫丘(昼食)⇒飛鳥寺⇒酒船石⇒橘寺⇒亀石⇒近鉄岡寺駅
    近鉄新祝園駅にて受付後、9:42発橿原神宮前行き急行に乗車・・・


    橿原神宮前駅東口から甘樫丘に向かいました、
    途中和田池のほとりで点呼、ブラブラ体操(ストレッチ体操)
    ここで、よく見る花たちですがカメラを向けてました。
    ハキダメギク                       アメリカセンダングサ


    「わんちゃん、この花の名前はなんていうの?」

    「コレはクサギ、臭い木と書くんですけど、葉っぱをちょっと臭ってみはりますか?」
    「う~~ん、確かに臭い」「別にガマンできる臭いかな?」「臭いを感じるのんて個人差がありますもんね」



    この真ん中にある実で草木染めが出来るって聞いたことがあります、何でもキレイな青色に染まるそうです。
    歩きながら、いろんな花のこと話しながら・・・

    ヤナギハナガサ                  トキワハゼ
     

    ヌスビトハギ(果実)


    タカサブロウ                   ヒヨドリバナ 
     
     
    甘樫丘登山口で
    第1のコース:階段を上り歩いて近道を選ぶか?
    第2のコース:遠回りでも、なだらかな道を歩いて頂上へ行く道を選ぶか?どっち?
    わんちゃんは、なだらかな道を選んだグループについて行きました、甘樫丘をぐる~り回りながら頂上の手前あたりでお昼のお弁当タイムになりました。
    階段組は流石に早いお着きのようでした。
    甘樫丘は標高148mと教えていただきました。散策するにはちょうどいいカンジ。


    見晴らしもよく、大和三山(畝傍山、香久山、耳成山)が一望できる???
    お弁当タイムの後、集合、点呼です。全員が大きな輪になって「1・2・3・・・」っと、元気な声で。
    「・・・49・50・51」「ハイ全員揃いました出発です」

    飛鳥寺で休憩、飛鳥大仏を拝観組とそうでない組と・・・


    蘇我入鹿の首塚⇒っという看板があったので見に行ってみました、

    バックには甘樫丘が見えてました。

    竹林の中に何やら大きな石造りのモンがデェ~~ンと。





    何のためのモノなのか後世になり諸説いろいろアリのようで・・・

    『聖徳太子ご生誕の地』っと石標があり、遠くに橘寺が見えてました。


    歩きながら振り返ると、遠くに見える山の中腹に五重塔が見えてました「あそこは岡寺ですよ」っと教えていただきました。
    西国三十三所第7番札所ですね。


    住宅地の中に「バァ~~ン」と現れたのは『亀石』。




    この『亀石』は明日香村に来るたんびに見てますが、いつも大きく「どないして運んだんやろか?」との謎を残したマンマ・・・「たまたま、ここに、あったんちゃう?」とか・・・
    明日香の古人たちは何を思って・・・謎めいてますねぇ~~

    この日はお天気も良く、絶好のウォーキング日和、それに暑すぎることもなく、たまぁに吹く風の爽やかなこと・・・カメラの中の青空がとてもキレイでした。

    近鉄吉野線岡寺駅前で解散


    「まだ、ちょっと時間早いし、お茶しいひん?」「ここらへんは、よう知らんし・・・」
    こういうのんて、話のまとまりが早いですね。
    「昨日の夜に、おでん作っといたわ」とか「ウチはカレー」とか皆さん頑張ってはります。
    新祝園で降りてちょっとお茶しました、四人で・・・
    「また、来月の参加まで、お元気で」とかなんとか言いながら「バイバ~イ」

    明日香村 マンホールの蓋

    中央の明日香村章を村の花タチバナと村の木ツキ(けやき)で囲むデザイン。
    「あすかむら」「おすい」の文字。汚水管マンホール蓋




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  • 09/09/15--08:00: 風に立つライオン





  • 僕の尊敬し、愛する医師がいる。
    酔った時に一度だけ彼が医師になった理由を聞いた。少年の頃、シュヴァイツアーに憧れたのだ。そうして、本当に医師となり、本当にケニアへ巡回医療の医師として出かけて行った。
    酔うと少しだけ 饒舌になる彼は、遠くを見る様に宙をみつめ乍ら、僕に大自然を語った。そんな時、いつも少年になる。
    彼は、極めて優秀な外科執刀医である。故に、人に生命に対して敏感である。人々の生と死の間の戦いを、共に戦うのだと彼は言う。
    仮に助かっても、それは医師が助けるのではなく、神様が助けるのだ、と彼は真面目な顔でいう。
    だから、助かろうという意思の無い人は、助けるのが困難だと。
    そうして、駄目な事だってある。その度に、たとえ、現代医学では、絶対に無理だ、と分かっていても、自分以外の人が執刀したら、もしかしたら助かったのではないか、と深く悔やむ人なのだ。
    もしも彼が言う様に、人が助けるのではなく神が助けるというなら、もしかすると、彼は天使なのではないかと思う事がある。
    それ程に彼は優しく、暖かだ。
    「僕はのたれ死ぬとです。」
    彼は、酔いが廻ると、そう独白く。
    生命の尊厳と常に対峙しているからこそ、神の領域に挑む不遜さを知っている。
    ケニアの大自然の中で、彼は神と共にあったのかも知れない。
    この歌は、そんな彼の青春の一片を歌おうとした。
    僕も、僕の草原の、風に向かって立つライオンでありたい。
    この歌を、宮崎医科大学の柴田紘一郎先生に

    さだまさし CDアルバム:夢回帰線(1987年)ライナーノートより

    この「風に立つライオン」のモデル柴田紘一郎さん70年代前半ケニアに派遣され現地で医療に携わった医師、柴田先生は、さださんのお父さんの親友でした。さださんが二十歳の頃、運命の出会いを果たします、柴田先生が語るアフリカでの体験に衝撃を受けました。柴田先生との出会いから1年後にさださんはデビューしヒット曲を次々と生み出します、、しかし、心には柴田先生のアフリカを歌にしたい、という思いが常にありました。1987年さださんが35歳の時に発表した「風に立つライオン」柴田先生との出会いから実に15年が経っていました。
    俳優の大沢たかおさんは、「風に立つライオン」この歌に込められたメッセージを映画にしたい、さだまさしさんに「原作を書いてほしい」と直談判されたそうです。
    去年、彼は1か月にわたりケニアに滞在してアフリカを舞台にした映画の撮影に臨まれたのです。

    それから1年、今春、映画は公開されました。


    大沢たかおさんは「さださんから受け取ったメッセージは多くの人に届けることができ、役者として使命を果たせたと感じております。」っと、お話しされてます。
    さらにまた一人この歌に背中を押され夢に向かう若者が居ます.
    「国際医療に貢献したい」という夢を持ち柴田先生と同じ長崎大学に入学、しかし自分の選んだ道を信じていいのか?時に悩んだ学生時代。
    21歳の時出会ったのが「風に立つライオン」でした。
    今年、青年海外協力隊に合格、派遣先はかって柴田先生が向かったケニアです。
    これから2年間自分の夢を実現させるためケニアに向かって旅立つ若者・・・

    さださんは「世界中で頑張る日本人を応援するような、この歌をきっかけに、そういう働きができたら最高だなっと今思います」

    44年前柴田先生がアフリカでともした情熱の炎は歌となり映画となり人から人へ受け継がれてきました。今もこの歌は世界中のどこかで戦う誰かの支えになっています。

    大沢たかおさんSONGS“さだまさし生きることの意味を問う”より







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    暑い夏が早く終わり。朝晩は肌寒い今日この頃、皆様はお変わりなくお過ごしでしょうか?
    10月19日(月)と11月6日(金)「いちごサロン」は、「刺し子」と「茶話会」を行います。この機会に初めての方も手芸での楽しい一時を一緒に過ごしましょう。

    今回は刺し子の「布」も「糸」もサロンの方で用意してくださってました。
    赤、白、紺色の中からそれぞれ好きなのを選び糸も好きな色を選びます、偶然にも皆さん全員が紺色を選ばれてました。刺し子の模様は見本とか、刺し子の本の図を見て選びます。「どんな模様にしようかな?」っと刺し子の本をパラパラっと見てると、隣の席のTさんが「刺し子は初めてなの?」「ハイ初めてなんですよ」「そんなら、この模様が刺しやすいよ」っとオススメなのがコレ・・・



    何でも、Tさんはこの模様が簡単だったのでキレイに出来上がった思い出があるってお話されてた、今回はちょっと難しいのに取り組まれてました。
    わんちゃんは型紙をお借りして布と型紙の間にコピー用紙をはさんで鉛筆でなぞって・・・



    グシグシっと刺してしまったらグシャグシャっと縮んでしまってアキマセン、一針一針丁寧に刺していきます。
    ここで、茶話会です、おやつってキモチ豊かになりますね・・・


    「次回来られる方は、今日の続きを刺してもらってもいいし、また違った布で作っていただいても構いませんよ」
    今日中に刺せなかったら次回は来れないし宿題で仕上げてしまおう。
    家事の合間に一針一針、2~3日かかりました、アイロンかけて出来上がり。
    初めてにしては、まぁまぁのできじゃないかな?(なぁ~んて)


    糸の色は:緑・赤・黄・赤・緑
    大きさ:31cm×26cm

    いちごサロンは「ケアハウス神の園」で・・・
    庭で咲いてたお花たち

    キバナコスモス
     

    ツルヒメソバ


    サルビアレウカンサ
     



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  • 10/27/15--08:15: 秋桜



  • グラウンドゴルフの練習後、山ちゃんが
    「わんちゃん、この後もし時間があれば、ちょっと畑に来ない?」
    サツマイモの試し堀りとエダマメの収穫やそうで・・・わんちゃんとしては喜んで・・・
    サツマイモは美味しそうな色合い(コレは焼き芋がダイスキ)エダマメはプックリしててこれも美味しそう。
    畑で枝豆を切り取ってウチに帰ってすぐ湯がけるように・・・たくさん頂いたので妹にもおすそ分け「今朝枝豆を早速 湯がきました すぐに湯がけるように一つ手間かけてくれはって、お世話さまです ゆがきたてを味見してホントぷっくりしていて美味しいです。 黒枝豆なのかなあって思います 。ご馳走さま」
    山ちゃんアリガトー
    山ちゃんからは「喜んでもらって嬉しいです、此れからももらって下さいね」

    畑のそばのベンチで枝豆を切り取りながら遠くの方にコスモスが風に揺れているのが目につきました。
    日曜日グラウンドゴルフの練習の帰りしなコスモスを撮りに寄り道。Kさんの畑です、
    コスモスは青空が良く似合います、1時間ほどああでもなし、こうでもなしっと。
    「ええのん撮れましたかな?」っとYさん「コレ、小蕪の間引菜なんやけど・・・」っと、色づいた柿といっしょに。もう一人のYさんは御夫婦で畑仕事「わたしね、ちょうど退職したところで畑仕事に専念できるんでウレシイわ」っと奥さんが。
    「コレ食べてみる?漬物にしても美味しいし薄くスライスしてお肉と炒めても美味しいよ」っと、シロウリをいただきました。いっぱい頂いたのでコスモスの花を届けたときOさんにもおすそわけ、Oさんは「コスモスの花をもらってきて欲しいの押し花にしたいから、わんちゃんコスモスが好きって言うてたでしょ?」そやそや、わんちゃんもちょこっと押し花の額作りをかじった頃、それこそずっと前に岬で灯台が遠くに見えてて、青空にコスモスが揺れてる絵画やったかな?写真やったかな?の前で「こんなん押し花で出来たらええやろなぁ」って言ってたことがあったんを思い出しました。Oさん覚えてくれてはったんですね?楽しみに待ってまぁす・・・Kさんコスモスのお花を切花でいただきましたありがとーです。
    【おまけ】
    山口百恵さんとさだまさしさんと『秋桜』と・・・ こちら

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